みた。金雀枝の花には、何のにおいもしないのだ。お高は、それがおかしいようにくすくす笑って、それから、その、ひとり笑いに気がついて急にまじめな顔をつくって、雑賀屋の寮の門をくぐった。
おせい様は、いそいそと迎えてくれた。思ったとおり、磯五はまだ逗留《とうりゅう》しているとのことだったが、そのときは、家にいないようすであった。おせいとお高は、すぐおせい様の居間へ行って、女同士の長ながしい挨拶《あいさつ》を済ました。
「おことばに甘えてまた押しかけて参りましてございます」
お高がいうと、おせい様は、心《しん》からうれしそうににっこりした。
「ほんとに、そうしてお気が向いたときに、いつでもおいでになるのがようございますよ。磯五さんのお従妹さんですもの。ここは御自分のおうちとおぼし召して、何の遠慮もいらないのですよ」
「江戸のごみごみしたところから来ますと、ほんとにせいせいいたしますこと」
「ほんとでございますよ。江戸は、どんなに閑静なところでも、どうしてもごみごみした気もちがしますからねえ。こんどは長く泊まっていらっしゃいましよ」
おせい様は、お高に庭を見せるために、立って行って、半分しまっていた障子を開けひろげて来た。座に帰りながら、いった。
「このあいだみていただいたお医者さまがおっしゃるには、あなたは、近ごろひどくお頭《つむ》をぶったことがあって、どうかすると、すぐ気を失うのが癖になるかもしれないとのことでしたので、磯五さんも私も、大変御心配申し上げていたところでございますよ。何か、すこし前にひどくおつむをおぶちになったようなことがありましたのでございますか」
「はい。そう申しますと、先日小石川の金剛寺門前町に、和泉屋というよろず屋のことで騒ぎがありましたときに、子供衆を助けようとして、何でございますか、お役人さまの馬に蹴られましたような気もいたしますけれど――」
「ああ、それではきっとそれでございますよ。いけませんでございますねえ。すっかり御自分や今までのことを、お忘れになるようなことにならなければよいが、と、お医者は、たいそう気をもんでおいででございましたが――ねえ、お高さま、若松屋さんのほうはお暇をお取りになって、ずっとこちらで御養生なさいましよ。わたしは、あなたのためなら、どんなことでもして――」
おせい様の純情に打たれて、お高は、死のような顔いろだ。
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