身代を受け継いでたいそうな気骨を折ることはまッぴらだと思った。
 そう思って、こころをまぎらすためにとんきょうな国平が何か面白いことをいうたびに、飛び出すような笑いを笑って、ぶらぶら歩いた。
 青柳町《あおやぎちょう》から護国寺《ごこくじ》の前を通って、田んぼのあいだを行くと、そこらはもう雑司ヶ谷であった。一面の青い色が、お高をよろこばせた。一団の桜樹《さくら》が葉になって、根元の土に花びらがひらひらしているところもあった。百姓家でははねつるべの音がきしんで、子守《こもり》が二人を見送っていたりした。
 大久保彦左衛門《おおくぼひこざえもん》様おかかえ屋敷の横から鬼子母神へ出て、お参詣《さんけい》をすました。鬼子母神様は、内拝につどう講中の人でこんでいた。物売りなども出て、それはそれは大変なざわめきであった。お高は、信心よりも野遊びに来たので、そのにぎわいは好ましくなかった。大行院《たいこういん》の拝殿へまわって、由来を読んだりした。
 ここに納めてある尊像の出たところは、いま通り過ぎて来た音羽《おとわ》の護国寺から坤《ひつじさる》の方角に当たる清土《きよづち》という場処で、そこへ行くと、今でも草むらの中に小さな祠《ほこら》があって、はじめはここに祀《まつ》ってあった。そばに、里人が三用の井戸と呼ぶ井戸があって、この神様が出現ましましたとき、井戸のおもてに星かげが映ったとある。そこで、鬼子母神を念ずれば、諸願円満なるこというに及ばず、なかんずく赤児《あかご》を守り、乳の出ない婦人が祈るとことのほか霊応いちじるしい。
 お高は、赤児と乳のことを思って、それを専念にお願い申してから、疱瘡《ほうそう》の守護神となっている鷲大明神《おおとりだいみょうじん》を拝んだ。子供が生まれて、乳の出がたっぷり[#「たっぷり」に傍点]あっても、疱瘡が重くては大変であるとお高は思った。で、まんべんなく気を凝らして祈って、鬼子母神さまの雑沓をのがれて九老僧のほうへ曲がって行った。
 一空さまがつけ手紙をくれた庄之助さんをたずねて水でも飲ましてもらおうと思ってだった。

      三

 庄之助さんは、元気な老寄《としよ》りであった。つれあいのお婆《ばあ》さんもいい人であった。一空さまの噂《うわさ》が出たりして二人は、土間から上がって休んだ。
 お高は爐ばたにすわって、庄之助さんの入れてくれ
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