かわんまでも、相良どのは、たいそうな金持ちであったはずじゃ」
「いいえ。ちっともお金持ちでなんぞございませんでしたよ。貧乏でございましたよ。古石場の屋敷なぞ、留守《るす》がちでございましたから、それはそれは汚れて、荒れほうだいでございましたよ。
わたくしも、父につれられて、あちこち旅をいたしましてねえ、また、父は、そのほうの眼が肥えておりましたので、家には、諸国の珍しい品がたんとございましたが、わたくしが、家を畳みますときに、みんな売り払いましてございますよ」
「するとあんたは、父親が大分限者《だいぶげんじゃ》であったことに、気がつかれなかったというのじゃな」
「妙なお話でございますねえ。父は、大分限者でも何でもございませんでしたよ。大分限者どころか、ずいぶん困りましたこともありましてございますよ」
「おゆうさんは、香が好きでな。日本中をはじめ、唐《から》朝鮮の珍稀《ちんき》な香炉をずいぶんと金にあかしてたくさん集めてもっておられたが、あのうちの一つだけでも、大店《おおだな》の一つや二つには価《あたい》する大財産じゃ。あの香炉は皆どうなったかな」
「おっしゃることがすこしもわかりませんでございます。そんな香炉など、わたくしは、見たことも聞いたこともございませんですよ」
「相良どのが死なれたとき、大口の借銭でも遺されたかな」
「いいえ、そんな引っかかりは何もございませんでした。きれいなものでございました」
「はて! あと始末は誰がしたのじゃ。」
「深川の顔役さんで、木場《きば》の甚《じん》とおっしゃる人が、すっかりめんどうをみてくださいましたよ」
「ほかに、相良どのの在世中、出はいりして、家事向きの相談にあずかった者があろうが」
「いいえ。そういう方は、ひとりもございませんでしたよ。さっきから申しますとおり、江戸にいましたりいませんでしたり、それに交際《つきあい》ということの大きらいな人でございましたから」
お高がそういうと、一空さまは、じつに不思議な話だといって、しきりに首をひねるのだ。容易に信じようとしないのだ。何がそんなに不思議なのかと、お高こそ、不思議でならなかった。
それから、一空さまは、相良寛十郎が死んだとは知らなかったこと、後妻を迎えはしなかったかのと、いろんなことをきいた。お高は、たった一年、父が南のほうへ旅に出たあいだ離れて暮らしただけで、ほか
前へ
次へ
全276ページ中159ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング