てあら[#「あら」に傍点]を探してのことで、見ようによってはかえって、すごい美しさを加えている顔である。
 ちょっと膝《ひざ》をついて背後《うしろ》をしめる。向き直って、三つ指を突いた。お高である。お屋敷ふうなのだ。
「あの、お呼びなされましたか」
「おう。茶が一ぱい飲みとうなった。風で、ひどいほこりだな」
 惣七の癇癖《かんぺき》らしい。眼の不自由な人のつねで、指さきの感触が発達している。いいながら、畳をなでた。風が土砂を運んできてざらざらしている。顔をしかめた。
「咽喉《のど》が、かわく。雨も、久しく降りませぬな。いつであったかな。後月《あとげつ》の半ばであったかな、降ったのは」
「はい。いいおしめりが一つほしゅうございます」
「茶を、もらおう」
「はい」
 お高は、切り炉へ向かって斜《はす》にすわって、ふくさを帯にはさんだ。湯加減をみて、ナツメを取りあげた。薄茶をたてようというのだ。
「もういらぬ」
 惣七がいった。
「は!」
 お高は、顔を上げた。不可解の色が、お高の貌《かお》をあどけなく見せている。そのせっかくの美しさが、よく惣七に見えないのが、惜しかった。
 惣七は、いらいらした。
「茶は、いりませぬ」
「はい」
「急な手紙を思い出したのだ。また代筆を頼みたい」
「はい」
 お高は、茶道具を片づけて、手早く硯箱を持って来た。巻き紙をのべて、筆の先を小さくかんだ。くちびるに墨がつく。二、三度、硯に穂さきをならして筆を構えた。
 しんとなった。上水をへだてた大御番組《おおごばんぐみ》の長屋から、多勢の笑い声が聞こえて来て、すぐにやんだ。若松屋惣七は、荒れた広庭へ、うつろに近い眼を向けて、黙っている。出の文句を考えているのだろう。お高も、つくり物のように身うごき一つしないで、待っているのだ。
 若松屋惣七は、はっきり見えない眼を返して、お高を見た。見ようと努力して、顔を前へ突き出した。
 薪《まき》のような感じの、不思議な顔である。血の気というものがすこしもなく、すっかり枯れて見えるのだ。我意の張った口を、一文字に結んでいる。その口のため、世の中を渡るのに損をしている人間である。眼と眼のあいだに傷がある。いま明りを失いかけているのは、若いころ、争いで受けたこの傷が悪くあとをひいているせいだ。

      二

 若松屋惣七は、もちろん町人だ。妙な商売をしてい
前へ 次へ
全276ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング