「この若松屋の名と、両替の店を、暖簾《のれん》ごと手放すのだ、買い手のこころ当たりも、ないことはない」
「では、どうあっても――」
 お高の顔いろが変わった。眼がすぐ泪《なみだ》で光って来たとき、
「若松屋惣七殿ですか。龍造寺主計と申します」
 声が、絹雨の縁側から上がってきた。背負ってきたふろしき包みからでも出したのだろう。龍造寺主計は、旅装束を着かえているのだ。
 若松屋惣七が、声のするほうへ向かって、ちょっと衣紋をつくろっているうちに、龍造寺主計は、さっさと部屋へはいって来て、すわってしまった。
「若松屋惣七でございます」
 若松屋惣七は、かるく頭をさげた。誰にむかっても、低くあたまを下げないのが、若松屋惣七なのだ。
「せっかくの御光来に、他行をしておりまして、失礼をいたしました」
「いや、わたしこそお留守に上がって泊まりこんで――」
 龍造寺主計は、そういって、若松屋惣七とお高の顔を、見くらべた。
「何です。お取りこみな。お邪魔なら、また後刻――」
 おどろいたようにいって、たちかけた。


    水ぬるむころ


      一

 お高は、若松屋惣七が、どうしても若松屋の店を手放さなければならない。買い手の見込みも、ついている。それが、雑賀屋のおせい様へ金をそろえる唯一の途《みち》なのだ。と、聞かされていたときなので、無遠慮に割り込んで来た龍造寺主計も、眼にはいらないふうだ。
 押えても、泣き声になってきた。
「どうしても、そうなさるよりほか、方策がないものでございましょうか」
 若松屋惣七は、帰ろうとしている龍造寺主計をとどめながら、お高のほうへも答えようとした。が、龍造寺主計に、気を兼ねた。
「何だ。そんな内輪の話は、あとでしなさい。失礼ではないか」
 龍造寺主計は、これを聞くと、部屋の一隅《いちぐう》へさがって、壁によりかかって、すわった。不思議そうな顔をして、腕を組んで、ふたりを見くらべはじめた。
 他人のことは、すなわち自分のことであると、いっさい自他無差別の一種の生活信条を持っている、この龍造寺主計である。黙って、お高と、若松屋惣七の会話《はなし》を、聞き出した。
 また、そこにそうしていても、妙に邪魔にならない存在なのだ。
 若松屋惣七が、お高にいっていた。
「商売を売るより、ほかに途はつかないのだ。で、売ります。売って、からだ一つにな
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