り死にしたものに相違ない。はっきりした記録が残っていないからわからないが、奥田孫太夫が庭で相手取った一人に、青竹の先に百目蝋燭をつけたのを、寝巻のえり頸へさして、酔歩蹣跚《すいほまんさん》と立ち向った大柄な武士があって、かなり腕の利く男だったという。これが狂太郎だったかもしれない。どうにもしようのないほど酔っていたというから、孫太夫と渡り合って別れてから、たやすく誰かに斬り伏せられたことだろう。
 翌朝、吉良の首を槍の柄に結んで、回向院《えこういん》無縁寺の門前に勢揃いした一党が、高輪泉岳寺への途中、廻りみちをして永代橋を渡っているとき、行列のなかの武林唯七が、
「おい、間《はざま》!」と、ふり返って、雪のなかに立ちどまった。「口笛が聞える――。」
 武林とおなじに、返り血で全身黒くなっている間新六も、歩をとめた。
「なに、口笛が――?」
「うむ、聞える。耳をすまして――ほら! どこからともなく、口笛が――ほら!」



底本:「一人三人全集2[#「2」はローマ数字、1−13−22]時代小説丹下左膳」河出書房新社
   1970(昭和45)年4月15日初版発行
初出:「サンデー毎日」
   1932(昭和7)年3月
入力:奥村正明
校正:小林繁雄
2002年12月3日作成
2008年3月28日修正
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