いはずだった。
 それなのに、近年――贈るほうもおくるほうだが、うけとるほうも受け取るほうだ、と美濃守は、弛緩《しかん》しかけた幕政のあらわれの一つのように思えて、憂憤《ゆうふん》を禁じえなかった。
 個人的にも美濃守はあの吉良という人間に普段から、何かしら許しておけないものを感じてきていた。
 手違い、不便、吉良の手によって続けさまに、それらの障害が投げられるであろうことは承知の上で――と、美濃守は、ふたたび、弊風、それに、打破の二字を加えて、自分を鞭撻《べんたつ》するように、こころに大書した。
「兄者、お在室《いで》かな。」
 大声がして、縁の障子が開いた。辰馬が、荒あらしく踏みこんで来た。
 立ったままで、
「兄者、聞こう! 公卿相手の茶坊主ごときやつに抗《さから》って、先祖代々の家をつぶして何が面白い――。」
 振りあおいだ美濃守の片面に、燭台の火が、辰馬の持って来た廊下からの風にあおられて、黄色く息づいた。
「賢才ぶったことをいうな。」
 といった兄には、やはり、ちょっと兄らしい重みがあった。その偉躯《いく》とともに、武芸家として、また、世事に通じた大名らしくない大名として、平常辰馬の尊敬している兄でもあった。
 それだけに、今度の、事を好むような態度が、いっそう不思議でならなかった。
「やるものをやらんと、意地悪をしますぞ、兄者。」
 どかりと、坐った。
「わざとうそ[#「うそ」に傍点]を教えて役儀に不都合をきたさしめ、それとなく賄賂を催促するということです――。」
「賄賂の督促など、おれには馬の耳に念仏だよ。何もやらんのではない。久野に命じて、四十五文の扇箱をやった。」
「師匠番ですぞ。いくらか風にならって――。」
 美濃守は、大きな声を出した。
「吉良には、頼まん。」
「兄者は、殿上の扱いをすべて御存じか。」
「自慢じゃないが、何も知らんよ。しかし、先例というものがある。」
「先例はあっても、時に応じて変ることもあります。」
「そんなら、そのときのことだ。」
「万一、粗忽《そこつ》があったらどうなさる。」
「おれ一人が、責任を持ったらいいだろう。」
「お一人ではすみません。お家を、お郷藩《くに》を――。」
「なんじゃ、賢《さか》しらな! 肩をそびやかして詰め寄って――。」
 美濃守が、いつものようにぬうっ[#「ぬうっ」に傍点]としているので、辰馬は、
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