終わり]
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池田 意気地なし! 武士の風上に置けんやつとは、貴様のことだ! 人心はすでに殿を離れておるのだぞ。この腐れかかった封建制度は、今にも倒れんとしているのだ。おれにはそれがよくわかる。誰か一人、ここで下剋上《げこくじょう》の口火を切る者があれば、天下|挙《こぞ》って起ち上るのだ。臣下が主君に怨みを報ずる。じつに驚天動地の痛快事じゃあないか。それには今貴様は、絶好の立場におるのに――。
郁之進 (地面に転がりながら、冷静に)殿に恨みを報いる? なんでおれがそのような――考えるだにもったいない!
池田 貴様は、人間としてなっておらん。うぬ! こうしてくれる!
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ぺっと唾を吐きかけて、池田は立ち去る。
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郁之進 (倒れたまま、その唾を拭いもせず夢みるような独り言に)あの日、先殿様の御命日に、殿が随福寺へお成りのみぎり、選ばれてお茶を献じた加世めが、畏《おそ》れ多くもお眼に触れて召し上げられた――。
森 (同情するように、また焚きつけるように)うむ。そうだということだなあ。それも、娘のうちならまだしも、君という立派な良人のあることを、殿もよく御存じのくせに――いや、君も知ってのとおり、池田はすぐ激昂《げきこう》する性《たち》で、気の毒だったが、しかし、何といっても殿の今度のなされ方は、すこしお手荒だったよ。老臣たちはことごとく憂慮しておる。また、われわれ一同君の気持ちを察して、殿を憎んでおるのだ。
郁之進 お手荒? いやいや、そんなことはけっしてない。そこが君臣ではないか。殿をお憎み申し上げるなどとは、もっての外だ。
森 しかし、人倫《じんりん》の大道に反く以上、殿といえども、そのままには――。
郁之進 いやいや! 滅相《めっそう》な! 殿の一言一行こそは、善悪を超えて、そのまま人倫の大道と申すべきだ。もう言うな。加世がお側へ召されて、もう十日になる。お気に入るように勤めていてくれればよいが――。
森 (じっと相手の表情を注視して)聞くところによれば、お加世どのは君を慕って、泣いてばかりおるということだ。
郁之進 なんという不届きな! おれはそれを聞くと、加代の心得違いが情なくて、涙が出る。なみだが出る。(と泣く)
森 さあ、起てる
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