挙動は、合点がいきませぬ。何かはばかりのあることですか。
奎堂 わたくしもとんと合点がいきませぬ。じつに恐しともおそろしき剣相――いやなに、いや、拙者の見誤りでござる。はは、ははははは。(青白く笑う)
播磨 (じっと奎堂を見つめていたが)奎堂足下、いかなることか、その刀相を述べてみるがよい。
奎堂 おそれながら、君子は怪邪魔神を談《かた》らずとか。久保奎堂、荒唐無稽なることは、君前において申し上げかねまする。その儀は平に御容赦を。
播磨 ははははは、変ではないか。みょうではないか。刀の観相に絶対の自信を有する、当代無二の久保奎堂が、それなる一刀にかぎって荒唐無稽などとは――言えぬとあらば、なお聞きたい。
矢沢 お声掛りじゃ、久保殿。
奎堂 しかし、余のこととちがって、このことばかりは――。
播磨 (気を焦って)言えぬ? どうあっても言えぬか。
矢沢 他言をはばからば、拙者の内聞にまで、さ!
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と奎堂の口許へ耳を持って行く。一座はしん[#「しん」に傍点]として、固唾を呑んでいる。奎堂は追い詰められたごとく、やむなく矢沢の耳へ何ごとか私語《ささや》く。矢沢は卒然として色をなし、にわかに恐怖昏迷の体。
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矢沢 (一同の興味を他へ転ぜんと)なに、そんなことですか。さような微々たる――ははははは、殿、お庭を御覧じませ。美しき下弦《かげん》の月。昼間のお歌のつづきをこれにて。さぞや御名吟が――。
播磨 (脇息を打つ)ええいっ! ごまかそうとするかっ! いま奎堂の言ったことを申せ。余はその刀相が聞きたいのだ。
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仕方がないと、矢沢と奎堂は二、三低声に相談して。
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矢沢 しからば、お人払いを願いまする。
播磨 なにを大仰な! ならぬ! この、一同《みな》のおるところで言えっ。
矢沢 (奎堂へ)御貴殿から言上――。
奎堂 いや、あなたよりよしなに――。
矢沢 しかし、観相なされたのは、貴殿ゆえ、貴殿より申し上ぐるが順当です。
播磨 早く言えっ! 聞こう。
奎堂 (観念して)では、その前にちょっと諸士に伺いますが、このお刀は、どなたの――?
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一同顔を見合わす時、人々のうしろからぱっ
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