長と観《み》ましたが。
四 いや、お眼がお高い。
五 この鍔は、明珍の誰でござりますな?
所有主 義房作とか、伝えられておりますが、いや、お恥かしいもので。
一見を所望した侍 (受け取って)結構な蝋色鞘《ろういろざや》ですな。失礼ながら、いい時代がついておりますて。ほ! お鍔の彫りは、替り蝶の飛び姿! いや、凝った凝った、大凝りですな。こうなると、ぜひ刀身《なかみ》が拝見したくてぞくぞく[#「ぞくぞく」に傍点]致してまいる。お刀は?
所有主 いや、つまらぬもので。会津でござる。
座の一人 会津と申しますと、兼定《かねさだ》? それとも、三善か若狭守か――。
所有主 兼定でございます。
播磨 初代か。
所有主 はっ。いえ、五代目でござりまする。
刀相家久保奎堂 すると、近江大掾《おうみたいじょう》となった元禄の兼定ですな。
刀を見ている侍 その兼定ならば、定めし大物でしょう。悍馬《かんば》のごとく逸《はや》って、こりゃ鞘当てもしかねますまいて。ははははは、いや、どうせのことに、ちょっと拝見せずにはおられぬ。(懐紙を口に銜《くわ》え、いずまいを正して播磨守に目礼)御免を――。
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一、二寸抜きかける。
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家老矢沢 (あわてて)これ、御前ですぞ。鯉口を拡げるはおそれ多い。御遠慮を、御遠慮を。
抜きかけた侍 (はっ[#「はっ」に傍点]と気づいて)見たい一心に駆られて、つい心づきませんでした。粗忽のほどは、御前よしなにお取りなしを。
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ぱちんと鞘へ返して、手を突く。
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播磨 なんだ。構わぬ。抜け抜け。余も見たい。(矢沢へ)爺い! 余計な口出しして、興醒めな奴じゃ。大名だとて武士だぞ。白刃に驚くか。抜かせい。
矢沢 それでは、お許しが出ましたによって、御自由に。
抜きかけた侍 おそれいりまする。では、御前をも顧みませず――。(作法どおりすらり[#「すらり」に傍点]と抜いて、見入る)ううむ、物凄き作往《さくゆ》き!
隣の侍 やっ、斬れそうですなあ。
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と覗き込む。刀は転々と座をめぐって、人々のあいだに感嘆の呟き起る。
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