面の窓に立って下の往来を覗き、すぐ背伸びして遠くの港を見る)船が入港《はい》って来た。軍艦らしい――そうだ。日本の軍艦だ。
クラシノフ (舌打ちして)またか。今にぞろぞろ日本の水兵が上陸して来る。そうすると、ここらの露路うらから、化物のように白粉を塗りまくったロシアの女房たちが、まるで革命のように繰り出して行って、桟橋通りを埋めつくすのだ。そして、街全体は瞬く間に、唄と笑いと火酒《ウオッカ》の暴動だ。ははははは、女たちの仕事は、実行の上で、僕らよりずっと国境を越えているんだからかなわないよ。
李春華 ロシアの女ばかりじゃあありませんわ。このごろでは、この辺の朝鮮の女まで、日本の水兵と聞くと、眼の色を変えて騒いでいますわ。
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李剛は、これらの話し声をよそに、机上に頬仗をついてパイプをふかしながら、凝然と考えこんでいる。窓の残光徐々に薄らいで、この時は室内に半暗が漂っている。
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柳麗玉 (書き物を続けながら)いいじゃあありませんか。何もできない人は、そんなことでもして、日本人からうん[#「うん」に傍点]とお金を搾《しぼ》ってやるといいんだわ。
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卓連俊が、水のはいっているバケツを提げて、あわただしく上って来る。
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卓連俊 (戸口に立ち停って階下を見下ろす)どうもいけ[#「いけ」に傍点]図々しい野郎だ! 角の床屋です。いけねえって言うのに、どんどん上って来やあがる――。
朴鳳錫 (ドアへ走って)角の床屋? 角の床屋って、あの、スパイの張首明か。
卓連俊 先生に用があると言って肯《き》かねえのだ。いま都合を訊いて来てやるから待っていろと言っても、あん畜生、おれを突き退《の》けるようにして上って来ようとする――や! 来た、来た! 上って来やあがった!
鄭吉炳 あいつ、俺たちに白眼《にら》まれてることを知らないわけじゃあるまい。承知の上で押し掛けて来たとすると、スパイめ、何か魂胆があるかもしれないぞ。
李春華 燈火《あかり》をつけましょうか。
クラシノフ (不安げに立って)いやいや、暗いほうがいいです。
朴鳳錫 上げちゃあまずい。よし。どんな用か、僕が行って会ってやる。
鄭吉炳 (李剛へ)僕も行ってみましょうか。
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