出した安さんの手紙が先生んとこへ届いたのは、いつだったっけな。一昨日《おととい》でしたね、先生。
李剛 (歩きながら)そうだ。
朴鳳錫 (誰にともなく大声に)おい! 白基竜はどうしたんだ。安さんは、今朝早くやって来る予定なのに、こう夕方になっても顔を見せないから、おおいに歓迎しようと待ち構えていた同志たちは拍子抜けがして、ああやってたびたび訊き合わせに来るし、今度は、李先生まで心配して、さっき黄成鎬の家へ白基竜のやつを様子見にやったんだが――。
柳麗玉 ええ。安さんはウラジオへ出て来れば、黄成鎬さんとこへ泊るにきまっていますけれど、今度だけはあたし、まっすぐここへ来るはずだと思うわ。先生はじめ同志の方が、皆こんなに待っていることは、安さんだって知っているんですもの。
卓連俊 待ってるのあ、仲間や先生だけじゃああるまいってね。
李春華 お爺さん、しょうがないね。そうやって剥《む》く傍から葱を食べちまって。それより、水をいっぱい汲んで来ておくれよ。
[#ここから3字下げ]
卓連俊はバケツを提げてドアの階段口から降りる。
[#ここで字下げ終わり]
[#改行天付き、折り返して1字下げ]
李春華 (李剛へ)あなた、何をさっきからうろうろ歩き廻っているんです。また探し物ですか。
李剛 うむ。君は知らないかな。今朝衛生局から廻って来た通知書なんだが、あれに、この辺の種痘は何日から始めるとあったか覚えていないか。
李春華 さあ。私はよく見もしませんでしたけれど、あれなら、今し方鄭さんが読んでいたようですよ。ねえ鄭さん、ほら、市庁から来た青い紙。どこへやって?
鄭吉炳 どこだったか、そこらへ置きましたよ。ありませんか。
李剛 見つからなくて弱ってるんだ。明日の新聞にちょいと書いといてやろうと思うんだが――。
クラシノフ ねえ。李さん。ハルビンのノウワヤ・ジイズニ新聞がこんなことを言ってる。(読み上げる)「今回当地における伊藤公とわが北京公使ならびに大蔵大臣ココフツォフとの会見につき、本社は確かなる筋より左のごとき説話を聴けり。今回の会見は、満洲における日露両国の地位に関し、過般来日清露間に継続したる談判の結果にして、決して偶然の出来事にあらず。ポウツマス条約は単に紙上に締結せられたるのみ。これが実行の場合、全局の政策と衝突するの点尠しとせず。ことに北満における日露の商工的利害に関し最
前へ 次へ
全60ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング