!」
「そうか――では、余儀ない。斬る」
「面白え! やってくれ。てへっ! 一つ注文があらあ。片身におろして、骨つきのところを中落ちにするんだ。どうでえ、田舎侍《いなかざむれえ》の板場じゃあこう意気にあゆくめえ。ざまあねえや」
 安兵衛、丸太を斜に構えて食いしんぼうなたんか[#「たんか」に傍点]を切っている。ほんとに斬りそうだったら逃げれあいい。足が早いし、この闇黒《やみ》の夜、ふっ[#「ふっ」に傍点]と消えうせるぐらい、安にとってはお茶の子さいさいだ。だからいやに鼻っぱしが強い。
 銀二郎が見ると、守人は路傍にうつぶせに、じっと動かない。
 この上は早くとどめを――とは思うが、御免安という変な奴が、眼の前にのっそり[#「のっそり」に傍点]といばっている。
 いささか持てあまし気味で、銀二郎は不思議そうに安をみつめた。が、果てしがない! と考えたか黙ったまま振りかぶった一刀を、安をめがけて打ちおろそうとした間一髪、にわかに、乱れた足音が坂を登ってきた。
 と知るや、急にあわて出した銀二郎は、守人も安もそのままにして、刀を下げたなりで、するする[#「するする」に傍点]とそこの影屋敷の門内へ吸いこまれて行った。
 守人にかけ寄った安兵衛、傷は重そうだが、まだ息があるようだとみると、ひとり何事か決意したらしく、ぐったりしている守人のからだをかついで、影屋敷とは反対の側の草原へはいりこんだ。
 隠れて介抱する気と見える。
 このとき、坂下から急ぎ足に近づいてくる二つの人影があった。安がこっちから見ているとも知らずにその二人も影屋敷の門に消えた。
「ははあ! 三人ともこの屋敷へはいったな。裏はすぐ饗庭の庭につづいている。こいつあ臭《くせ》えぞ」
 一時、守人を忘れて、安が向こう側をにらんでいると、また一人、いつのまにか闇黒《やみ》から現われて、その門前に立っている男がある。
 暗いは暗い。が、何ということなしに、安の眼には親しい姿だった。で、音を忍んで声をかけてみた。
「親分――じゃあござんせんかえ」
「おう、安か。そんなところに何してる?」
「怪我人《けがにん》です。あの死に花の若衆で――」
 文次は草を分けて近づいて来た。
「え? 死んだのか」
「いえ。どうやら見込みがありそうで」
「そうか。それあよかった。よく見てやれ。大事な身柄だからな――そりゃあそうと安、いま二人あ
前へ 次へ
全120ページ中104ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング