はない。然し真面目で一本気な彼の場合には特に愛の発表は難事であった。
やっとの思いで恋を打ち明けた時、藤次郎は、こんなことならもっと早く云うんだったと感じた。それ程、美代子は、簡単に而もはっきりと、彼にとって甚だ有難い返事をしてくれたのである。彼は有頂天になった。彼女と同じ家にいることが勿体ないような気がして来た。彼は一寸のすきにでも彼女と語って居たかった。彼は勿論主人や他の女給などのいない時を狙っては美代子と語った。けれど彼女の方は割合大っぴらだった。他人がいてもはっきりと彼に好意を見せてくれた。是が又藤次郎にとってはひどく嬉しくもあり、はずかしくもあった。
斯うやって二ヶ月程は夢のようにたってしまった。ただ最後のものだけが残っていたのである。だが、之は藤次郎に最後の一線を越す勇気がなかったのではない、と少くも彼自身は考えていた。機会がなかったのである。機会さえあれは美代子は完全に彼のものとなっていたろう。彼はただ機会を待っていたのだ。
所が、今から半年程前に、彼にとって容易ならぬことが起った。即ち要之助の出現がそれであった。
要之助は、N亭の主人の遠い親戚の者であるが、今度店の手伝いとして、田舎からでて来たのだった。彼は真面目さに於いても、有望さに於いても殆ど藤次郎と匹敵した。然し其の容貌に於いて、藤次郎とは全く比較にならぬ程、優れていたのである。
藤次郎は決して立派な顔の持ち主ではなかった。実をいうと、彼が美代子に対して恋を打ち明けるのに、一番ひけ目を感じていたのは自分の顔であった。どう贔屓目《ひいきめ》に見ても彼を美男とは云えない。非常な醜男《ぶおとこ》ではなかったけれど決して美しくはなかった。
反之《これにはんし》、要之助は水準を正に抜けでた美青年である。濃い眉、高い、筋の通った、然しながら鋭くないなだらかな線を有《も》った恰好のよい鼻、それにそれ迄田舎の日の下にいたとは思われぬ其の皮膚の白さ、そして豊かな双頬、之等が寄って要之助の顔を形造っているのである。
要之助は藤次郎よりは二つ年下だった。だから若し藤次郎が、要之助の美貌に対して、甚しく心を動かしたとしても少しも無理はないのだが、不幸にして事実はそういう方向に向っては発展しなかった。否、藤次郎は、此の美青年をはじめて見た時に既に或る不安を感じたのである。
此の感じははたして事実となって
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