も見当らないのだ。
最後に、私は、単純な顔見知りを、職業別にして考えて行ったのだが、とうとうこの中にも変な男の顔は出て来ない。
学校時代の友人や法律家としての現在会う人々の顔は忘れっこないから、結局この変な男はそのどれにもはいらない事になる。
そこで仕方がないので私は、偶然あった人々を一人一人考えて見た。例えば円タクの運転手の顔とか帝国ホテルのボーイの顔とかを。
すると突然一昨夜、新宿から塩町までの市電の中で此の変な男を見たのをようやく思い出したのだった。
無論意味なく電車の客をおぼえているわけではない。私がその時この男に注意したのには十分理由があった。
新宿から私が電車に乗った時この男は一緒に乗り込んで来た。それからあと殆ど私の顔を見つめ通しだったのである。車掌が切符を切る時にも、こっちを見ていてぼんやりして何か車掌に云われていた位だった。
私はその時「いやな奴だ」と思った。こんな場合、視線の戦いには決して一歩も譲らぬ事にしている私ははっきりと逆に睨み返してやった。するとこの男はすぐに目をそらしてしまう。そうして、私が他へ視線をやると又ちゃんと私を見ているのだから実にやり切れない人間である。
しかし塩町で下車してしまってあそこの雑踏に足を入れた瞬間から私はこの男の事を全く忘れてしまった。もし今列車で再会しなければ一生思い出す筈のなかった顔なのであった。
その男だ。たしかにあの男だ。あの妙な男が今同じ列車に乗って居るのである。
私は今更、雑誌一つ持たずに乗った事を後悔した。元来私は子供の時から汽車に乗って車窓の景色を眺めるのが好きだったが、その趣味は今でも抜けない。それに自宅に居る時は決して勉強家ではないが濫書濫読の癖があるのでたまに汽車旅行などする時は、何も持たず、ぼんやりと車外の景色に見入って居るのを常としている。それが為今日も何も手にせずに乗り込んだのだ。
もっとも東京駅で新聞を二、三買ったが大森を通過する頃にはそれも読んでしまったので、もはや何も見入るものがない。仕方がないから、変な男を気にしながらも車外にうつり行く晩春の景色に見入って居た。
いつもなら、こうして居てもそれにうっとりとなってしまうか、でなければ又何か面白いストーリーの題材が頭に浮かぶのだが、さっきからあの男の事が妙に頭にこびりついてどうしても離れない。
今にも後から
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