しまった位幸福だったのです。
ところが偶然の機会から、この幸福は全く破れてしまいました。それはたった一つの封書にすぎませんでした。結婚後暫くたってからの或る日、男文字で書かれた手紙が妻宛に来たのです。私は自分の所に一緒に来た手紙を片っぱしから開いていたので、つい、その手紙も自分のところに来たものと思い違えたのでした。無論封筒の上書きが男の字だったから、こんなことになったのでした。中から出て来たのは、水原からの手紙だったのですが、表にはっきり男の字で書いてある位ですから、中の文句だって一つもへんな事は書いてありません。
けれど、変な事の書いてないその手紙が私には、限りなく不快だったのです。『その後御結婚|被遊《あそばされ》御幸福に御暮しの由』という第一冒頭の文句からして、気に入りませんでした。私の気もちにして見れば、私の妻は私のもので誰からも指一つさされたくないのです。私ら夫婦の間に、他の男から手紙が妻に来るなどという事は考えられなかったのです。私は、たしかに嫉妬深い男でしょう。たとえなき不愉快な数日の後、ある夜私は妻を責めて責めて責めぬいたのです。そうして水原との間について訊ねました。その時、妻はとうとう恐ろしい告白をしてしまいました。その時から私は凡ての幸福を失ってしまったのです。
あなたは検事をして居られたから、犯人がその犯罪をどんな風に自白するか、殊に女の犯罪者がどんなにその罪を告白するか、そのいろいろな有様を知って居らるるでしょう。その夜の私の妻の告白は驚くべきものではありましたが、いざ告白という所まで決心した敏子は、実に冷静に過去の事実を述べはじめたのです。
この告白は、或る事実を肯定したのです。彼女と水原とはかつて恋人であったというのです。いや、それ以上だったのです。よもやよもやと思っていた事が事実だったので、私は一時まっくらやみに突きこまれたようにもがきくるしみました。苦しい数日数夜を通らなければならなかったのです。はじめは、余り私が嫉妬深いので、わざと妻が私にからかって居るのではないか、と思いました。いや、むしろそうであってほしいと願ったのです。自白する妻の前で私は歎願しました。どうか今まで云った事は嘘だと云ってくれと! しかし、妻の告白は全く間違いはなかったのです。ただ敏子は、過去の罪はあくまで自分でわびるが、将来は決して左様な事はしない、
前へ
次へ
全20ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング