る。
 しかし検事も藤枝もひどく緊張したまま何もいわないので彼女はつづけた。
「母はその時、たつた一言『さだ子に……』と申したのでございます」
 彼女はこういうと、やつと心の重荷をおろしたような表情をした。
「何? さだ子に[#「さだ子に」に傍点]? ひろ子さんそれは確かですか」
 検事がいそいでいい放つた。
「ここは大切な所ですよ。さだ子に[#「さだ子に」に傍点]といわれたのはほんとに確かですか」
「私、うそは申し上げません」
 ひろ子はきつぱりと答えた。
「いや、私の云うのはあなたがもしや聞き違えてはいないか、ということです。念の為にもう一度じゆうぶん思い出して下さい。お母さんは、さだ子[#「さだ子」に傍点]! と云つたのではありませんか」
「いえ、さだ子[#「さだ子」に傍点]とよんだのではございません。たしかに、さだ子に[#「さだ子に」に傍点]……と申しました」
 彼女の答は前にもましてきつぱりとしていた。
「そうですか。で、あなたはそのお母さんの言葉、さだ子に[#「さだ子に」に傍点]というのをきいてなんと解釈しましたか? さだ子に……あとなんと云おうとしたと思いますか」
 困惑
前へ 次へ
全566ページ中84ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング