ない雑誌社に小遣とりで御奉公している今の身分をかえつて気楽だとばかり、まけおしみを云つているわけである。
5
平凡な私の生活でたつた一つ忘れられぬ事は、三年前に妻を喪つたことで、それから後は、独身者、子もなし、母と二人きりののんきな暮しである。
後ぞいをもらわぬ気でもなし、またいろいろ世話をしてくれた人もあるが、古いたとえの、帯に短し襷に長し、でもう四十にまもないのにこのところ、一人者である。
藤枝真太郎も私と同じ位のはずだから、もう三十七八にはなるだろうが、彼は、この年になつてやはり独身である。それも彼のは私とはちがつて、はじめから結婚しないのだ。
「啖呵にやならないが、俺は女に惚れたこともなし、また惚れられたこともなしさ」
というのが彼の口ぐせだつた。
「僕は女というものをどうしても尊敬する気にはなれないね。と同時に、信じることが出来ないんだよ」
とよくまじめに云うことがある。自らシャーロック・ホームズを気取つているように思われるが、実はこれは彼にとつては、かなり淋しそうなのである。
私同様、父は既になくなり、母と二人で家をもつて、たいてい毎日、事務所に出
前へ
次へ
全566ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング