した。
それから警部と検事と藤枝は、かたわらにいた二人の医者らしい人と屍体の手にさわつたり、顔を見たり、いろいろの事をしていたが、私にはいつこう判らないので、なんとなくそこにいるのも窮窟な気がして、またちよつと礼をして戸の外に出て、廊下の所でシガレットを取り出し火をつけようとしていると、そこへ不意にひろ子が現れた。
「おや、おはいりになりませんの」
「ええ、私にはよく判りませんから……仏様におじぎだけして出て来ました」
いつのまにかひろ子はもう涙をすつかり拭いたと見えて、晴れ晴れとした顔つきになつていた。
「では、こちらへおいでになりません? 父も妹もおりますのよ。御紹介致しますわ。あなたや藤枝さんの事も、もうこんな事がおこつてはかくしてもおられないので、父にけさ話してしまいましたの、そうしたら父は大変喜んで御目にかかりたがつておりますわ。父は父であわてて今朝、なんでもやはり知り合いの探偵の方に来て頂くように申しておりましたのよ」
彼女はこう云つて私をうながしながら前に進んだ。
屍体のおいてある座敷の次の間の戸をあけながらひろ子は、
「お父様、小川さんがお見えになつてよ」
と云つて私の方を見てにつこりほほえんだ。
次の瞬間、私は、隣室に劣らぬ大きな日本間の敷居を跨いだが、そこにずらりと並んでいる人々を見て、ちよつとめんくらつた形だつた。
私は、いきなりひざをつきながら、
「私が小川雅夫です」
と丁寧におじぎをした。
すると正面にきちんとすわつていた立派な紳士が答えた。
「お名前はひろ子から承つております。藤枝先生とご同道になつたそうで、私秋川駿三です」
見ると、鼻下に立派な髭をたくわえた一見品のある紳士であるが、ひどく痩《やつ》れて病人のようにしか思われない。昨夜の悲劇もさる事ながら、かねてから神経衰弱にかかつていたという事もよくうなずける。
駿三のそばに二人の美しい娘が黙つてすわつている。これらの人々は、隣室で今行われている検屍の結果如何を心配しているのだろう、皆緊張した顔をしていた。
駿三が一人一人紹介した。
「これが次女のさだ子、次が初江です。その向うにおりますのが当家におります大学生の伊達正男です」
娘は一人一人ていねいに礼をしたが、最後に制服で窮窟そうにすわつていた学生が、ひどく丁重なおじぎをしながら、
「僕、伊達です」
と云つた。それは映画俳優にでもありそうな立派な男で、年は二十七八にもなろうか。
3
私はこの若者の立派さに驚いたけれども、同時に、いつたい此の伊達という男は、秋川家とどういう関係になつているのかしらといぶからざるを得なかつた。
こうして秋川一家の人々と一間に並んでいるところを見ると、少くともこの家で客としての待遇を受けている人にちがいない。
こういう学生がここに住んでいるときいていなかつたが……ははあ、判つた、ひろ子の婚約者ででもあるのかな!
私がこんな事を考えながら、一応のくやみを述べている所へ、高橋警部がはいつて来た。
「あちらで一通り検屍も終りましたから、秋川さん、ちよつと来て下さい。検事がお目にかかり度いといつておられます」
予期したものの如くに秋川駿三は、立ち上つた。
「はあ、ではすぐにまいります。私の書斎でお目にかかります……オイやすや、皆さんを書斎にお通ししてくれ」
こう云つて彼は私の側を通つて座敷から出て行つた。丁度それと入れ違いに藤枝が廊下にあらわれ、室内の人々にちよつとあいさつをすると私を招くので、私は直ぐ立ち上つた。
「ここの主人の取調べがあるんだ。僕と一緒に来給え」
駿三の書斎は今までいた部屋を出て戻つて右側、すなわち夫人の屍体のおいてある部屋の斜め向い側にあつた。
はいると中には今、女中に導かれたばかりらしい検事が書記と何か話しながら朝日をうまそうに吸つている。高橋警部は、室にはいらずそのまま急いで出て行つた。
部屋は洋室で、真中に大きな机が置いてあり、その上に書類がたくさん載せてあつた。そばに、卓上電話がおかれてあつたが、凡て金のかかつている事が目につくばかりで、いかにも実業家の書斎らしい。両側の本棚の中もガラス戸をのぞいて見ると、カーネギーの伝記だとか大倉男の言説だとかいうものばかり、そうでなければ、予約で売りつけられたらしい二、三十円の馬鹿値のついている出版物ばかりでうずめられ、それも、多分読んだ事はないのだろう、いかにもきちんと並べられていた。
さつき廊下で見た美術趣味などは全然ここには感じられない。
やがて、女中がお茶をもつて来て去ると、駿三が重々しい顔をしてはいつて来た。
「一通り、今あちらの方は取り調べました。それで、このお宅で起つた事ですから、まず御主人たるあなたに、昨夜の有様を一応おききしよ
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