に立つた。あけようとする途端、鏡に伊達捷平がうつつたんだ」
「え? 伊達捷平が?」
われわれは一度に驚きの声を発した。
「もつと正しく云えば、伊達捷平の幽霊が鏡の中にあらわれたんだよ」
私には一体彼が何を云つてるのかわからなかつた。
「君らはあの日の天候をおぼえているだろう。それから、非常に暗かつたという伊達正男の供述を知つているだろうね」(第四の慘劇第三回、第八回及び最終の悲劇参照)
5
「うん、よくおぼえているよ」
と警部。
「それから、ちようどあの日の前後伊達正男が病床にいて、ひげもあたらず、ひどく老けて見えた事実を思い出すだろう、ねえ、これらの事実を思い出して綜合して見給え」
しかし私にはまだ判らぬ。
「つまりこうさ、駿三が鏡の前でその戸をあけようとした途端に、伊達正男が窓から上半身をぬつと出したんだ。ちようどそれが、まつすぐ前の鏡にうつつた。あの日は暗くてはつきりものがうつらぬ。そこへもつて来て伊達がいつもよりずつとやつれてふけて見えたのだ。ねえ、伊達正男は誰かによく似ていたんだよ。判つたろう」
そうか、では駿三はあの時、鏡にうつつた伊達正男の姿をチラと見て、父の捷平の顔とまちがえたのだ。そして恐怖の余り心臓麻痺を起してそのまま倒れてしまつたのだつたか。
「ああいう例は決してないことはない。あの恐ろしい死顔も、これで充分説明が出来るはずだ」
「成程、では伊達正男はほんとうのことを云つたのだね」
と警部が云う。
「そうだ。伊達正男の供述は徹頭徹尾信じていいだろうと思う。いや、彼のばかりではない。早川辰吉の供述もほんとうだ。だから他の点に就いてはともかくも、殺人罪ということからはこの二人を疑わないでほしいね。これは僕からはつきりお願いしておく。……そうだ、僕はここで自分の手柄話に長広舌をふるつてばかりいてはいけない。高橋さん、早速伊達と早川とをもう一度調べて下さい。殺人の嫌疑はすぐ晴れますよ。早川に対する邸宅侵入罪、それから伊達の遺書に対する窃盗罪、これらはまあ適当にお手心があると信じます。では、奥山君、高橋さん、失礼します。小川君、一緒に出かけようじやないか。僕らは高橋警部の賢明なる判断によつて伊達と早川が釈放されるのを待つてればいいのだ」
「ちよつとちよつと。藤枝さんちよつと待つてくれたまえ。君の秋川事件についての全説明はまずあとできくとして、一体今日の事件の説明はどうなるのです」
警部がいそいで藤枝をよびとめた。
「さつきさだ子からおききの通り。あの通りですよ」
「と云うのは」
「ああ成程。充分判つておられぬのですな、実は昨日林田を訪問したのです。そしてある方法を用いて林田に自己の策戦が全く誤つていることを信じさせた。同時に僕が奴をすでに心の中で捕えていることをはつきりしてやつたんですよ。それで彼は自殺する決心をしたんだ。その道づれにさだ子をえらぼうとしたのです。小川君失礼しようじやないか」
彼はこういうと、私を手で招きながらさつさと室を出た。検事も警部もいささか呆気に取られた形で、われわれの方を見ていたが、藤枝は一向かまわず、そのまま外に出てしまつた。
タクシーを捕えると、彼は、上機嫌で銀座へといそがせた。
四月十七日の事件以来、私ははじめてはればれとした気もちで宵の銀座を歩いた。
「めし時に、演説しちやつて大分腹がへつたよ。どこかでめしを食おう」
藤枝は、いつも彼の行くある洋食屋へ私を案内した。ボーイばかりで女ッ気のない店で客もあまりいない。
藤枝と私はほんとうにくつろいだ気もちでコンソメのスプーンを取つた。
終局
1
「ねえ藤枝。いよいよ事件は大団円だが、僕にはまだ大分判らない点がある。第一君は一体如何して林田が犯人であるとつきとめたか、これを説明していない。それから林田が犯人と判つているのに何故君はだまつていたか、自殺をする事を知りながら何故ほつておいたか。何故警察に訴えなかつたか、これらがききたいね」
「あははは。大分聞きたいんだね。しかし君の質問は多くて一時には答え切れない。まず第一の質問に答えよう。では僕がどうして犯人をつきとめたか、これは今警察でしやべつたばかりだが、僕は初江が殺されるまでははつきりあてがつかなかつたんだ。第一回の慘劇の後では全く五里霧中で誰が犯人だかさつぱり判らなかつた。実は林田の手にウカと乗つて家族の中に怪しい者があるとにらんだのだよ。ただたつた一つ確信したことは、あの劇薬が秋川家に来るまでにすりかえられていたということだ。この考え方はさつき云つた理由からだが、さし当り佐田やす[#「やす」に傍点]がおかしい。しかしやす[#「やす」に傍点]は君も知つている通り、あくまでも否認した。やす[#「やす」に傍点]が自身ですりかえ
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