太郎の死亡によつて自分が相続人になることを知つている。さだ子、伊達を失うことによつて財産の損失を防ぎ得るばかりでなく、日頃の嫉妬のうらみをはらすことができる。そこで彼女はまずその機会の来るのを待つていた。自分で作つた脅迫状を父に送つたり、それから僕のオフィスへわざとどこかの女から電話をかけさせたりした。しかしチャンスはついに来た。財産の問題についての母とさだ子、伊達の烈しい口論である。ひろ子はこのチャンスを見逃さなかつた。彼女は母を殺すことによつてさだ子と伊達に嫌疑をかけることを考えた。その結果はごらんの如く十七日の夜に母が苦悶の結果死んだということになる。訊問されて母が最後に、さだ子に[#「さだ子に」に傍点]と云つたというような嘘をつく。これは度々云つた通りひろ子以外のものは誰もきいていない。警部がまずひろ子を疑い出した動機は、彼女が僕の所に来ておどろいて帰つたあの夜(彼女があの日は僕の処に来たことは僕から警部にあの当時話しておいたことだが)探偵小説をよんでいた、という考え得べからざるふしぎな供述からだつたという」
藤枝にこう云われて、私はまたあの呪わしいグリーン・マーダー・ケースのことを思い出した。
「だつてそれにしても、二十日の夜の事件でひろ子はたしかに無罪だぜ」
「ところが警部のテオリーに従えば、二十日の事件の犯人はすなわち早川辰吉で、あの事件は全く十七日及び二十五日の事件に関係がないとかいうわけなんだ」
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「だから二十日の事件にひろ子が関係がないと判つても何の役にも立たぬということになる。
「さて彼女の目的通り母が死んだ。ついで偶然にも駿太郎が早川に殺された。秋川家の財産を分けらるべき人はひろ子、さだ子、初江の三人ということになる。そこでひろ子は、ついに初江を殺すことを決心する。すなわち昨日、彼女は、実に巧みにチャンスを捕えた。午後六時四十分頃、父は二階にねている。さだ子と林田と伊達は二階のさだ子の部屋にいる。現に彼女は庭からこれを見ている。それから君は庭に立つている。笹田執事は留守と来ている。家の中には、初江が風呂の中に、女中が台所に二人いるきりなのだ。しかも初江は、ひろ子にすすめられてさきに風呂に入つたという事実を忘れてはいけない。彼女はまず女中の所に行つて二人がたしかにそこにいるかどうかとたしかめる。それからそつと風呂場にしのびよつた」
「もし初江がもう出ていたらどうするつもりだつたろう」
「出ていれば無論手を下しようがないさ。彼女は無論またのチャンスを待つばかりだ。ところが、うまく初江が風呂につかつている所にぶつかつた。彼女は何気なくそのそばに寄つて、相手の隙をうかがつてジョセフ・スミスのまねをすればよかつたわけだ。ただ彼女の、フェータルな失策は――警部の説に従えば『風呂場の花嫁』という言葉を思わず洩らしたことである。ジョセフ・スミスの犯罪を余りはつきりまねたためついうかとそういういいあらわしをしてしまつたのだろう。通常のお嬢さんの思いつく言葉ではないからね[#「からね」は底本では「からね。」]」
「しかるに、第一、第三の犯行の間に意外にも早川辰吉の犯罪が加わつた。脅迫状をあらかじめ出しておいたので、当局は同一犯人と思う。そうすると第二の事件でひろ子自身のアリバイが完全に立つているため、事は彼女の思いもうけていなかつた位、安全にはこんでしまつたのだ。しかし一方彼女は焦慮した。それは、さだ子、伊達の二人にはつきりした嫌疑がかからないということだ。目的のなかばは成就しても、この憎い二人が捕まらなければ何にもならぬ。それでとうとう堪りかねて今日まず僕の所に来て二人のことを訴え、しかる後、自身警察に出頭してさだ子と伊達を訴えたとこういうわけなのだ。警部は最後にこういつている。ひろ子のような智慧のある少女にでつくわしたことはまだかつて一度もない。実におそるべき天才だとね」
藤枝はいい終ると、一向感情を動かしたようすもなくすまして天井に向つてプカリと煙を吐いた。
「ふうん」
私はさすが警部というものは頭がいいものだとしばらくは感心していたが、ひろ子が犯人だなんてどうして信じられるものか。
「どうだね、小川、[#「小川、」は底本では「小川」]警部の論理もひろ子のテオリー同様中々頭がいいじやないか」
「うん、しかし腑におちない点があるな」
「そうかね。じや云つて見給え」
「第一、母を殺す原因が薄弱じやないか。成程、二人に嫌疑をかけるのもよかろう。しかし恨みもない母を殺すとは」
「さあ、その点は僕も念のために警部にきいて見たんだ。すると警部の曰くさ。確証はないが、あるいは母がひろ子の性質か目的をみぬいたのじやないか、というんだ。つまりひろ子にとつて、目的をとげるのに一番邪魔でうるさかつたのが実は母だつた
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