い出さぬ」に傍点]かと云つたね。あれと同じことをさつきひろ子がやはり、云つたね。どういうんだい、あの意味は?」
彼はピシャリと机を叩いた。
「うん、えらいよあのお嬢さんは。第二の事件の時も第三の事件の時にも、さだ子が林田に調べられていた。これを変に思わないか、と来たね」
2
「そうさ。つまり、仮りにさだ子があの間にどこかへ行つたかも知れないとして、林田が何かの理由で彼女をかばつているのではないか、というのがひろ子の推理なんだ」
「うん。観察点は実にいい。しかしその推理に僕は賛成しかねるのだ」
「どうして? もつとも君はあの時、林田がさだ子をかばうなどは断じて不可能だと云つたつけな」
「そう思う理由があるよ。君、林田ははじめからさだ子に好意をもつてはいないんだぜ」
「だつてさだ子は君より林田の方をずつと信用しているが」
「そりやそこがわれわれ探偵の腕前さ。林田はその実、決してさだ子の味方ではない――いや、むしろさだ子を疑つてる一人かもしれないが――それにもかかわらず、君の云う通り、さだ子の絶大の信用を博しているということはすなわち彼が探偵の資格を充分にもつていることを証明しているわけさ」
「でも君は林田がさだ子に好意をもつておらんということをどうして知つたんだい。林田が何か君に喋舌つたのか」
「どうして、そんなことを競争者たる僕にもらすものか、僕だつて同じことだ。ひろ子はすつかり僕を信じているし、林田もそう思つてるらしいが、僕が心の中で、どの程度に彼女を……いや僕のことより林田の話だがね。彼がさだ子に大して親切でないことの一つの証拠を挙げて見ようか」
藤枝はここでちよつと口をつぐんで私を見た。
「四月二十一日の午前、すなわち、あの第二の惨劇のあつた翌日、僕らが秋川邸に行つた時のことを思い出して見給え。僕らは笹田執事にあつた後すぐひろ子に会つた筈だ。その時彼女はいきなり『昨夜犯人が捕まつたそうでございますね』ときいた。僕がどうしてそれを知つているか、と反問すると『さつき林田先生がおいでになつた時、そんな事を承わりました』と答えた事実を君はおぼえているだろう。ところですぐその後でさだ子に会つた。僕は林田が無論彼女に早川のことを喋舌つてると思つたから『実は私は今警察に寄つて来たのです。昨夜の事件の犯人らしい男が捕まつたというのでね……あなた林田君にききませんでしたか』と訊ねた。するとさだ子は意外にも『いえ、ちよつとさきに林田さまにお目にかかりましたけれどもその話は……』と答えたぜ。ねえ君、さだ子はあの時伊達が警察に連れて行かれたときいて非常に心配していた筈なのだ。もし林田に好意があれば『実は昨夜の犯人らしい者が捕まつたから安心していいだろう』と、気やすめにでも云つたらよさそうなものじやないか。林田はひろ子には云つた。しかも肝心のさだ子には故意かどうかともかく、語つていない。これは一体どう考えるべきだろうね」
「成程、して見ると林田はさだ子を疑つているのかしら……」
「疑つているにしてもその位のことは云つてもよさそうだがね。ともかく林田がさだ子をかばつたとは思えない。……そうそう、そう云えばあの時僕が心配しているさだ子に『たとえばその後伊達君が邸内をうろうろしているのを誰かに見つかつたなんていうことはないのでしよう』と云つたら『そ、それは勿論でございます』と答えたが、あの時のさだ子の不思議な表情に気がつかなかつたかい。この点だよ、重大なところは」
彼はこう云つたまま沈黙してしまつた。
それからの彼はプカリプカリと煙草を吐くばかりで、一言も発しない。
私はまた彼の黙想を破つてはならないと思つたのでブラリと銀座に出かけ、社に寄つてたまつていた用事をすませて午後三時半頃オフィスに戻ると、藤枝は、妙に、にこにこしながら私を迎えた。
3
「君の留守に僕は大分活動して来たよ。第一にこういうニュースがある。秋川初江の死体解剖の結果、彼女の胃の中から多量の睡眠剤ヴェロナールが発見された。腸の中からも見出された。死因は窒息死すなわち溺死である。どうだい。非常な事実じやないか。これで僕もいくらか安心したよ」
私には胃の中のヴェロナールがどういう重大な意味をもつているのかちよつと判らなかつたので何も云わずポカンとしていた。
「何だ、君には何の感じもおこらないのかい。僕の悩みぬいた謎がヴェロナールのおかげで、はつきり解決したじやないか。困つた人だね、君は。余りよく判つたようじやないな。第二のニュース。これは当然の話だが、林田は昨夜あれから検事や警部にあの怪しい電話の話をしたそうだ。何でも、女の声で初江がよび出されたそうだが、その電話は一種の警告だつたそうだ。『木沢氏の薬をのんではいけない。危険だから。必ずのんではいけ
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