と思いますから」
「なに、何でもありませんよ。今日も彼が来るといいんですが、生憎身体を悪くしてしまいましてね。それでお役には立ちませんが、私にお嬢さん方のお相手をしろと命令したわけです」
「ああ、今うけたまわつたんですが、うちの娘達をどこかへお連れ下さるそうで、喜んでおります。実さいこんな事がおこつて娘たちに気の毒なんですが、一つどこか気のはれるところにでもつれて行つてやつて下さいませんか」
主人の気分がすつかりこつちと合つて来たので、私は心ひそかに喜んだ。
まもなく、二人の令嬢は外出の用意ができたと見えて、また応接間にあらわれた。さすがに、金のかかつた服装だけれども、折が折とて、余り人目に立たぬみなりであつた。
私には、実はひろ子、初江、久や[#「や」に傍点]の三人を私一人で連れ出すことは相当心配なのである。しかし当人連は一向にそんな不安な様子はない。久し振りで、ほがらかな[#「ほがらかな」は底本では「ほがらなかな」]外気にあたれるつもりですつかりよろこんでいる。
どこへ行くか、という事で、暫く話し合つたが、結局、とりあえずホテルへでも行つて食事をすませ、それから映画か芝居でも見ようということになつた。
「では行つてまいります」
令嬢達はやさしく父親にあいさつした。
玄関には、泉タクシーからまわされた、ハドソンのセダン・リムージンが、スマートな形を横たえている。
私も、ドアに手をかけながら主人にあいさつした。
ほがらかに晴れ渡つた春の空の下を、車は美しき人々をのせて軽快に走り出した。
7
久し振りの外出なので、ひろ子も初江もほんとうに楽しそうに見えた。女中の久や[#「や」に傍点]は、はしやいではいないが無論これも心から喜んで令嬢達のお伴をしているに違いない。
ひるめしには未だ間があるので横浜のニューグランドまでドライヴしようじやないかと、令嬢達が云い出した。
藤枝は外出中は絶対に安全だと断言したけれども、どうも私は余り安心が出来ず、運転手の様子などを神経質に観察したが、別に悪漢が変装している様子もないのでついに私もそれに同意した。
でも、川崎位までの間は、私は妙におちつけなかつたが、何ら怪しい事もないので、車が勢よく横浜に走りこんだ時にはもうすつかり安心しきつて、二人のお嬢さんといろいろなおしやべりをしていたのである。
ニューグランドについてからも別にあやしい人間は見当らなかつた。
食堂で、久し振りでうまいコールドラブスターをつつきながら私はすつかり安心して藤枝の先見に感服してしまつた。
食事はひるちよつとすぎ終つた。ではこれから邦楽座でも見ようというのでわれわれは再び車を東京に向けた。
邦楽座の二階に席をとつた時はちようど、パラマウント・ニュースが映写されはじめた時で、極く工合がよかつた。映写の間の休み時間には誰にも知つた人に会わず、われわれは心ゆくまで映画を鑑賞することが出来た。
しかし最後の、呼物の写真がうつりはじめた時、私はこれはとんだ事になつたと感じた。
その映画は、有名な探偵小説を映画化したもので、アメリカの映画スタディオで殺人が行われるという筋、はじめの出からして物凄いものであつた。
折角外出して陽気になつたばかりの所へ、こんな殺人映画を見せられては、令嬢達も堪まるまい。私はプログラムをあらかじめ調べないで、とび込んだ事を心ひそかに後悔しはじめたが、はたして初江が写真の途中で、
「私、何だか気味が悪いわ、もう出ない?」
と云い出した。
しかしひろ子の方は、いつこうこわがつている様子がない。否、大変熱心にフイルムに見入つている。久や[#「や」に傍点]の様子をちらと見ると、これは西洋映画の筋がよくのみこめないと見えて、余りこわがつていないようだけれども、また余り面白がつてもいないらしい。
ともかく、ここに長くいるべきでないと思つたから、私はひろ子に、
「何だか、こんな時にこんな写真を見るのはいい気持がしませんから、芝居にでもいつて見ませんか」
と切り出した。
ひろ子は、もつと見ていたかつたらしいが、初江がしきりに出たがるので、仕方がないという形でコンパクトを出して顔をなおしながら、
「じや、東劇へでも行つて見ましようよ」
とやつと同意した。
またもや御意のかわらぬうち、と私は早速三人を促して廊下に出て、電話で東劇の切符を問い合わせると幸にもならんで四枚とることが出来たのでいそいで、邦楽座から、東劇までかけつけた。
華かな劇場に足をふみ入れた途端、私は、今まで予期しなかつた危険がせまつていることに気がついた。
これは藤枝も考えていなかつたことだつた。
しかしあとから思えば当然考えるべかりしことである。ここに思い至らなかつたのは、全く藤枝にも似合
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