されても人から怪しまれぬ条件をもつている人間と見るより外はないな」
「しかしあの時駿三もひろ子もさだ子も初江も皆アリバイをもつているぜ」
「しかし共犯者という者があるからな」
 私はこの時伊達正男のことを思い出して一種の戦慄が身体を通つて行くような気がした。
「少くとも直接手を下したのは、家庭の者ではない。……とするとまず伊達だな」
「そうだ、伊達なら今僕が云つた条件にかなうことはかなうよ」
「するとその共犯者はさだ子ということになるね、無論」
「小川君、君はものの表ばかり見ているからいかん。成程、かりに伊達を犯人だとすればさだ子が当然共犯者だということになる。しかしそれは表向きの話だぜ。伊達とさだ子は婚約者だ。しかし君は彼ら二人の恋人がしたしく抱擁をする所でも見たことがあるのかい。ねえ、婚約者には違いない。しかし愛情の点は誰も見ていないぜ。否、かりにある程度まで愛情があつても、もし伊達が犯人だとすればそんな男は誰とでも妥協し得る筈だ。ことに秋川家のようなへんな家の者ならね。彼はあるいはひろ子とひそかに妥協しているかも知れない。初江と通じていないとは限らぬ。否、あのおやじとどんな妥協をしているか判つたものではない。この中でひろ子かさだ子と妥協しているということは最も考え得べきだ」

      10[#「10」は縦中横]

「ねえ君。今回の犯罪によつて一番利益を得たのは誰だい。十七日の殺人事件によつて一見利益を得たと思われるのはさだ子及び伊達だ。然るに昨夜の殺人事件によつて利益を得たのは誰だろう。佐田やす子の死によつて利益を得たのはさきにも云つた通り犯人Xだ。しかし駿太郎の死は誰に得をさせたか。考えて見給え。駿太郎は秋川家の法定家督相続人だぜ。それがなくなつて女の姉妹だけが三人残つた。そうすれば長女がまず一番得をするわけじやないか」
「じや君はひろ子が怪しいと云うのか」
「うん、怪しいと云えば皆怪しい。そうだ、秋川一家の人々悉く怪しむべしと云いたいね」
「犯人が全く秋川家の外にあるとすれば無論別だ。僕は十七日の事件の後でここで君にまさかこの事件がグリーン一家と同じことになるのじやあるまいと云つた。しかしこの言葉は取り消さなければならないかも知れぬ」
「ところでまず第一回の事件すなわち四月十七日の事件だ。嫌疑から全く遠ざけていいのは第一に駿太郎だ。次に初江だ。この二人は全然薬のことも何も知らなかつたらしいから。そこで疑えば他の家族のメンバーを皆怪しむことが出来る。その嫌疑者の第一は駿三さ」
「どうして彼が妻を殺すだろう」
「そんな動機なんか、すぐ判るものか。ことにあんな秘密の多い家のことだもの。駿三を犯人とすることは最も便利な説明のつき易いテオリーだよ。夫のことだから妻のねる時妻の部屋にはいるのは極めて自然だろう」
「だつて中から戸に鍵がかけてあつたぜ」
「君は徳子が内から鍵をかけるのを見たのかい。ただ駿三自身がかかつていたと云つてるだけじやないか。ひろ子はただその話を父からきいたにすぎないよ。駿三が妻の部屋に入り、何か話している間に薬をすりかえる。そうして、妻に昇汞をのましておいて素早く自分の部屋に去るのだ。このテオリーは徳子の寝室の天井に電燈がついていた、ということを説明するのに極めて便利だ。普通ねて薬をのもうとする者は、大抵スタンドをつけて、天井の燈はまず消すものだからな。こう考えればアンチピリンが見えないのは不思議ではない。すなわち駿三がどこかにかくしてしまつた、と思えばいいわけだ。鍵は騒ぎがおこつてあとからかけたと見ればいい。同じようなテオリーはひろ子を犯人としても成立する。ただ夫と娘と代るだけだ。ひろ子が母親の寝室にはいることだつてちつとも不思議はないからな。ひろ子が何かの理由で母を殺したとすれば彼女は実に絶好のチヤンスをつかんだのだ。彼女は殺人を行つて自分が疑いをのがれると同時にさだ子に嫌疑が向くようにしたからだ」
「しかし君、徳子の最後の一言は? あれでは夫やひろ子に嫌疑をかけるわけには行くまい」
「判らない人だね君は。こないだも云つた通りあんなことはひろ子の出鱈目かも知れないじやないか。またもし、ほんととしても、徳子は薬をすりかえられたことを知らないのだから、発議したさだ子のことを云うのに少しも不思議はないよ。さて次がさだ子。これも充分疑つていい。理由は今までと同じ。加うるに母と仲が悪いという重大な点がある。だから家族すべて怪しいと云つていいようだ。家族以外ではまず伊達だね。これはさだ子を疑うと同じ理由だ。ただ薬をすりかえる為に徳子の寝室にははいれまい。まずさだ子の部屋であろう。佐田やす子は僕は犯人でないと思う。これは後に殺されたからばかりではなく、一体秋川家の者を恨んでいる奴が、図々しくそこの家の女中になりま
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