仇じやないのかな」に傍点]、と心に思つたんだよ。そこで旅行は一刻ものばせぬ急務となつた。その留守をどうするか。僕の留守がかなり心配なのさ。

      6

「しかし、僕が旅行のできない程心配ではなかつたんだ。この理窟が判るかい」
「さつぱり判らないな」
「相手が林田だからだよ。さつき警察ではちよつと云いにくかつたがね、林田は検事や警部なんか眼中においていないんだぜ。彼が好敵手と見ているのは、藤枝真太郎[#「真太郎」は底本では「信太郎」]一人だけなんだ。彼は僕の目の前で殺人をやろうという気なのだ。従つて僕の旅行の留守に殺人をやる気にはおそらくなるまいと思つたのだが、果してその通りだつた。それにしてもこの安心は絶対的のものではない。どうしようかと思つている所に警部がひろ子を疑つていることが判つた。これで僕はひろ子一人は大丈夫保護してもらえると思つたんだよ。君は僕が警部に彼の説の欠陷にもかかわらず大いにけしかけたのをひどく恨んでいるようだけれども、あれには深い仔細がある。もし警部がひろ子を拘留してしまつたらどうだい。さすがの林田もあの女には手を出せないじやないか」
 成程、これではじめて藤枝のあの時の言葉が判つた。何も知らずに憤慨した私はいささか軽率だつたかも知れない。
「警部がひろ子を拘留しない迄も、朝から晩迄ひつぱつていれば林田の乗ずるチャンスは非常に少ないことになるからね。その動機の如何を問わず林田は一番駿三を憎んでいる。従つて駿三は最後に殺される筈だ。して見れば次の被害者はひろ子かさだ子さ。だからともかくひろ子だけでも危険から離しておくつもりだつたのだ」
 彼はこう云つてちよつとだまつて私を妙な目つきでながめた。私は今更、あの時、藤枝をうらんだことを後悔せざるを得なかつた。
「旅行は全く予期以外の成功だつた。さつき僕が述べた事実がだんだん判つて来た。勿論詳しいことは判らん。何分四十年前のことで戸籍その他も不完全だから、結局村の故老にでもきくより他なかつたけれども、ほぼ僕のいつたことが判つて来たんだ。あの短時日の間にあれだけ調べることはどうして容易なものではなかつた。しかし林田がどうして秋川駿三を恨んでいるかだけはよく知れた。それから僕は伊達の方をもつとくわしく調べた。その結果、あの女の存在が判つたけれども、現在どこにいるかそれがどうしても判らん。それをたしかめ
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