たつていない。この間に林田が、犯行を行つてすぐ家に帰つているという事は絶対に不可能だ」
「成程」
「君はあの時僕が何故、林田をいきなりよんだか、その理由が判るかい」
 私には、ただ藤枝がいつにもなく大あわてにあわてた光景しか思い出せなかつた。
「僕は第三の事件の時、犯人は林田だと確信したんだ。これに就いては今いうが、ともかく確信した。ところが駿三がやられた。君にきかせて見るとちやんと彼はうちにいる。驚かざるを得ないじやないか。さては今までの確信は誤りだつたか、と思つて僕はほんとにあの時あわてたんだよ」
「そうだつたのか。しかしあの時林田もあわてていたぜ」
「それさ。死体解剖の結果と、あの時の林田のあわて方で再び僕は自分の推理が正しかつたという確信をとりかえしたんだ。林田だつて驚くのは当然さ。彼のプログラムに従えば駿三を最後にやつつけるつもりだつたのだ。ところがその駿三が彼が家にいた間に、誰かに殺されてしまつた。しかも、それが偶然にも彼の予言した五月一日に行われたのだ。(秋川一家と惨劇第四回参照)林田たるもの驚かざるを得ない。あわてざるを得ないじやないか。(第四の惨劇第十二回、意外な事実第一回参照)では一体駿三は誰に殺されたか、曰く、伊達捷平の幽霊にだよ[#「伊達捷平の幽霊にだよ」に傍点]。君らはあの時駿三の心理状態をはつきり知つていなければいかんよ。秋川駿三は今君にも云つたように、自分の作つた三角形だけしか知らない。そこで自分は伊達一家に永久に恨まれていると考えている。里村千代の存在ははつきり知らない。林田は彼女をつきとめているけれど無論沈黙している。そこで彼はすまないすまないと思いながら伊達捷平の幽霊にばかり悩まされていたんだ。加うるに四月十七日以来ひきつづきおこる惨劇で神経は極度に鋭くなり、心臓も弱つていたんだ。ねえ木沢さん、そうでしよう」
「全くその通りです」
「彼が実に気の小さい正直者だということは判つているが、特にこれを証拠立てるのはあの鏡の中の遺書さ、僕はまさか彼自身あれを保存しておくとは思わなかつたよ。(第四の惨劇第八回参照)きつと伊達に見せるつもりで保存しておいたのだろうが、それにしても外に預けておけばいい。彼は、自分の家において、いつも自分の良心のいいわけをしていたんだろう。まつたく正直者さ。そこでそういう気持でいた彼が、二階から下りて来て、鏡の前
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