ということを少々無視しすぎていたのだ。この問題が秋川対林田である限り、真理は永久に表面に浮んでは来ないよ。君らは秋川駿三が養子であることを御承知の筈だ。小川君、君はいつか僕のオフィスで秋川駿三が何という家から秋川家に入つたか、ということを興信録で読んだはずだつたね」
こういわれて私ははじめてそのことを思い出したのである。(美しき依頼人第六回参照)
「秋川駿三は二十三才の時、徳子と結婚し、同時に秋川の姓を名乗つた。その以前、彼は山田駿三と云つていたのだ。(同上参照)事は今から約四十年以前、中国地方のある一寒村に於ける二つの家の悪因縁話からはじまる。ああ、君らは、あの伊達、秋川両家の話を思い出したのだね。そうだ。ちようどそれと同じようなこと、いや全く同じことが今から四十年前、伊達、秋川両家の事件から更に遡ること二十年前に、行われたのだ。所は中国の一寒村、二つの家というのは林田文次すなわち英三の父の一家と、山田信之助すなわち駿三の父の一家との間に、恐ろしい運命がいたずらをしたのだよ。宿命の三角形が形づくられたのだ。山田信之助という男は、健《たけし》、駿三という八才と五才になる男子まであるにかかわらず、林田文次の妻満子と関係してしまつたのだ。いいか。ここでも姦通劇が行われたのだぜ。そうして、二十年後の伊達捷平と同じく、この林田文次という男は当時病気で床についていたために、彼は妻の不貞を知りながらも、悲憤の涙を呑んでそれを見ていなければならなかつたのだ。しかしその結果は伊達の場合とは多少趣きをことにしている。満子が先に死んだ。自殺だと伝えられているが、あるいは夫文次にひそかに殺されたのかも知れない。何分四十年以前のでき事なので、この辺の調査は充分にできない。この点は伊達捷平の場合よりずつと調べが困難である。自殺とすれば彼女は、伊達かよ子と同じく自分の罪を悔いたのであろう。そこで残された文次はどうしたか。彼は今云つた通り当時から病身だつた。そうして妻が死んでから七年生きていたけれどもその間妻と山田信之助とを呪いつづけた。満子が死んだ時、二人の間には一才になる子があつた。これがすなわち林田英三である。
2
「秋川一家にかかる殺人事件を惹起した呪いは決して二十年前の伊達捷平の呪いではない。
「彼の呪いは里村千代を通じて脅迫状となつて表われた。しかし、この多くの生命
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