で主人を調べはじめたか。これは今から思うと非常に重大な点なのだ。(悲劇を繞る人々第十六回参照)実は彼、何より先に佐田やすの様子が知りたかつたのだよ。つまり、自分のいつた言葉の効果を見極めるのみならず、自分の言葉を更に強調したんだ。林田はあの日、下でやす[#「やす」に傍点]を訊問すると称して、また一そうおどかしたのだろう。十七日の彼の言葉の力で、われわれがいきなりやす[#「やす」に傍点]を調べた時にやす[#「やす」に傍点]は既に嘘をいつた。そこへもつて来て林田が又うんとおどかしたんだ。貴様がうつかりしたことをいえば早川という男が捕まるぞ。しかしお前がだまつていれば俺がかばつていてやる、というようにもちかけたのさ。君らは、早川辰吉の供述中四月二十日にやす[#「やす」に傍点]に秋川邸の庭で会つた時、やす[#「やす」に傍点]が辰吉に自分にたつた一人親切にしてくれる人があつて自分をかばつて[#「自分にたつた一人親切にしてくれる人があつて自分をかばつて」に傍点]くれるという言葉があつたのをはつきり思い出すだろう。(被疑者第八回参照)可哀想にやす[#「やす」に傍点]は、林田が自分を利用しているとは思わず、ひたすら彼の親切に頼つていたのさ。思いは同じさだ子もまた……ということになるのだがこれは後の話だ。
「さて、林田の魔術ですつかりやす[#「やす」に傍点]はおびえてしまつて、絶対に誰にも会わなかつたと主張していたことは諸君の御承知の通り。いや高橋さんや僕が手古摺つた通りだ。
「ところが、林田の魔術が段々ときかなくなる時が来たのだ。彼ははじめは女性の心理を捕えて安心していた。それ故にこそ五月一日に第二回の犯罪をやる気でいた。それが急に二十日に行われた。何故だろう。いうまでもなく、五月一日までは待てぬ事情が起つたのだ。どこかに彼の計算のまちがいがあつたというわけなんだ[#「どこかに彼の計算のまちがいがあつたというわけなんだ」に傍点]。(殺人交響楽第七回参照)それはすなわちやす[#「やす」に傍点]の心理の動揺だ。元来、彼女は辰吉をただひたすらに恋してのみいたのでないこと、くどくも云つた通りだ。もし彼女が林田の信じた通り、絶対に辰吉に恋をしていたとすれば、ことは彼の思う通りとなり、五月一日まで犯罪がまたれていたはずなんだ。ところが、彼女は一方に於いて辰吉を嫌つていた。そこへもつて来て、警察
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