たしたのは十七日以前までのもので、これは皆駿三から林田の手に渡つている。
「で、いよいよ劇薬すりかえの一幕だ。林田はみずから昇汞を包み入れて出かけた。この薬は無論自分でもつていたものだろう。ちようど僕がうちに毒薬劇薬をもつているように、こういう職業の者には決して不思議でない所有品だ。林田はそれをもつてブラリと出かけた。何処へ出かけたか。云うまでもなく西郷薬局の附近だよ。彼はもしチャンスがあつたら何とかしようと思つていたのだ。これは度々くどく云うけれど大切な所だよ。彼の犯罪は何もあの日に限つたことじやないのだ。ここに彼の強味がある。彼はそうしておそらく秋川邸か薬局の附近に目立たぬように見張りをしていたのだ。
「するとここに彼の予算に入れてないことがおこつた。それは女中が薬局に入ると、彼は自分以外に妙な男がやはり女中を尾行しているということに気がついたのだね。云うまでもなくこれは早川辰吉という青年さ。辰吉と女中すなわち佐田やすは二人で公園のような所へ行つてひそひそと語り合つていたがまもなく去つた。彼はここでチャンスが来た、と感じた。林田はそこですぐ佐田やすを捕えたのだよ。
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「さて、この二人が今死んでしまつているから正確なことは判らないけれども、後に起つたことから大体こういう会見だつたと推理するのが正しいと思う。林田はいきなり佐田やすをおどかしたに違いない。今の男は一体何者か、とやつたんだね。ところでやす[#「やす」に傍点]はこれに対して何と答えたろう。……ねえ、やすは一体辰吉をすいていたのかね、嫌つていたのかね」
「無論、嫌つていたさ。判り切つてるじやないか」と高橋警部が云う。
「いや、僕は必ずしもそうは思わない。むしろあの男に惚れてたんじやないか、と思うよ」
と私が云つた。
「そこだて、この点が面白いのさ。御両所の説は共に正しく同時に正しくないのだ。かつて小川君にこの所が面白いのだと云つたことがある。やすは辰吉を嫌いながら好いていた[#「嫌いながら好いていた」に傍点]んだよ」
「そんな事があるかしら」
警部と私は異口同音に云つた。
「そうとも。世界中に夫婦は何組あるかしらぬが世界中の妻にきいて見給え、三分の一は夫を全く好いているし三分の一は全く嫌つている。残りの三分の一は好いて同時に嫌つているよ。いや、このパーセンテージはもつと多いかも知れない
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