、すでに妙な疑いをもち、危く迷路にみちびかれるところだつたじやないか。用意周到な林田はわれわれのすべてが経験した如く、あの一家族のすべての者に嫌疑を向けさせている。これは無論、秋川家の状態がノルマルでないということによるけれど、あの男のすばらしい頭脳によるに非ずんばああはいかなかつたろうよ」
「では一体第一の殺人事件を彼はどう行つたろう」
私は早く藤枝の説がききたくて堪らず思わずこう云つてしまつた。
「じやまず四月十七日の事件から話そう。この日の林田の活動振りはこうだ。あの日、秋川徳子は頭痛が烈しくて休んでいた。ひろ子は僕宛の手紙を書いてそれから、午後いつか小川君に話したような自動車のえらび方をやつて僕のオフィスに来た。(藤枝の観察第四回参照)ちようどあの午後秋川駿三が林田を訪問している。これはいつか小川君に云つた通りだ。駿三はそこで一体何を物語つたか、二人共今は死んでいるのでまるで判らないけれど、恐らく家庭の話をしたに相違ない。この時、徳子が頭痛で苦しんでいると駿三が告げたことだけは確かだ。
「そこで林田はチャンス来れりと思つたのだ。徳子の薬を西郷薬局に必ず注文する。それにチャンスがあつたら、手早く劇薬とすりかえようという魂胆さ」
「しかしあの時、駿三は、徳子の薬を、さだ子がすすめた事を知つていたかね。彼は全く知らなかつた、と供述したようだが」
検事が云つた。
「うん、そうかも知れない。ただ林田が、ことによるとそういうことになる、西郷に薬をとりに行くことになりやしないか、と感じたんだ。無論さだ子がすすめたことは知らなかつたろうね。云うまでもないことだが、彼は何もあの日殺人を行う必要はなかつたんだ。ただチャンスさえあればいつでもやろうと考えていたのさ。駿三の物語がことによるといいチャンスが来るぞ[#「ことによるといいチャンスが来るぞ」に傍点]と思わしたにちがいない」
「それで駿三が帰るとすぐ出かけたわけかね」
警部が口を入れた。
「いや、出かける前に面白いことをやつている。すなわちひろ子をおどかしたのだ。ひろ子は一体どこへ行つたか、これが知りたかつたのさ」
私はこの時、あの日ひろ子の所へ来た脅迫状とあの電話を思い出した。
「では彼は如何にしてひろ子が僕のオフィスに来たということをつきとめたか」
藤枝はおもむろに云つて、煙草の灰を落した。
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