、ちようど鏡の上のふちの所に来る。彼がかなりせいの高い男であることはこの物語の冒頭に記したはずである。彼は、二、三分そうやつて鏡と向きあいに立つていたが、やがて左右の両縁《りようふち》をしきりに指さきでいじつていたが不意に、
「しめた。これだ」
と小児《こども》がなくしたおもちや[#「おもちや」に傍点]を発見した時のような喜ばしそうな声を出した。
見ると、驚くべし、向つて右の鏡の縁《ふち》がどういう仕かけか、一寸ほどあいて、藤枝は今や左の手をかけてあけようとしているではないか。
私と木沢氏は驚いて思わずはしりよつた。藤枝の左手《ゆんで》がさつと左に開くと、はめこみになつた鏡はそのまま左の縁を中心にしてあたかも箱の蓋のように前にとび出して来た。
「うん、そん中だな。書類があるのは!」
私が叫んだのと、
「おや、何もないぞ」
と藤枝が叫んだのと殆ど同時だつた。
藤枝は、鏡のうしろをのぞきながら、右手を入れてかき廻していたが、やがてバタンとまた鏡をもとにかえした。
「フン、何もない。しかし何か書類らしいものが入れてあつたことは確かだ。して見ると……」
彼は次の言葉を発せず、そのまま考えこんでしまつた。
私はその間に床の上などを注意深く調べて見たが別段泥足のあとのようなものも見えぬし、格闘の跡とてもない。
ふと気がついたので一番ピヤノに近い窓の所に行つて庭の方をながめた。庭の方にも別に変つたものは見えなかつたが、ちようど窓の下に偶然目をやると私はそこに明らかに最近つけられたらしい靴の跡を見出した。
「おい藤枝、ちよつとちよつと。この窓のところを見たまえ」
彼はいそいで立ち寄つたが、
「うん、たしかに曲者はここから来たんだ。ここで靴をぬいで、駿三を殺し、再び窓からとび出して靴のまま逃走したんだ。それにしても咄嗟の間に、用心深いことをやりやがつたよ」
私は今度の事件で藤枝がいつにもなくあわてた態度を表わしたことを記したが、どうもおちついてからも彼の様子が全く変であることに気が付いた。
彼は私をそばによんで小声で云つた。
「小川、われわれは今までで一番の難問題にぶつかつたんだ。どうも判らん、どうも判らん」
「藤枝、とうとう犯人は今日やつつけたね。約束通り」
「え?」
彼はこの時非常な驚きの様子をまた表わした。
「うん、そうそう、今日は五月一日だつたな」
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