賞讃した犯人に似合わないね。この僕にだつて犯人の捜査範囲がだんだん判つて来たぜ」
「うん、それだ。僕が考えていた犯人はそれほど愚かであるわけがないのだ。僕は今難問題にぶつかつたのだ。全く僕は弱つてるんだよ」
 藤枝はほんとに弱り切つた顔でかたわらにおいてあつた紅茶を一口のんだ。
「しかし小川、たつた一つ、犯人が女でなかつたとすると考え方もある。もつともこれによるとやはり、第二の事件とちよつとうまくしつくりしないが」
「え? じや犯人は?」
「あのおやじね。秋川駿三さ。あれが犯人だと仮定すれば、今日の事件の一応の説明はつくよ」
「だつて君、おやじはずつとねていたはずだぜ」
「君自身それが立証出来るか」
 藤枝は儼然と私に云つた。
「成程」
「君はただ彼がその寝室にねていた、ときかされたにすぎない。誰も知らぬまに彼がそつとおきて風呂場に行かなかつたか、誰が証明出来るか。娘が風呂場にいる時父がはいつて来る。我国の習慣では少しもふしぎな事じやない。そこで事は一瞬の間に決せられたという次第」
「じや君は、彼が犯人だと思うのか」
「いやこれは一つの仮説さ。ただこんどの事件の一応の説明さ。しかしおやじ犯人説は、この場合第一に心理上かなり困難な問題にぶつかるんだ」
 彼はとうとう我慢が出来なくなつたと見えて、一本のエーアシップを口にくわえた。
「じや一体われわれは誰を疑えばいいのかしら」
「その点について一つ考えて見ようじやないか。君のさつきの説明は、君が如何に正確に事件を記憶しているかを証明するもので、僕は大いに感謝しているんだ。それをたどつて問題をおつて見よう。今日、午前君は秋川邸に行つた。この時、あの家にいた人間は、主人、ひろ子、さだ子、初江、笹田執事、それから、二人の女中だ。それに一人木沢氏が来ている。木沢氏が君に云つた言葉は、主人が又病気であること、及び初江が胃を悪くしていたということだが、この二つはかなり重大なことだからおぼえていてくれ給え。さて、木沢氏はそう云つて帰つて行つた。君、林田、ひろ子、初江が出かけ、午後四時半頃に帰つて来た筈だね。この時笹田執事は用事で出かけてしまつた。君、林田、ひろ子、さだ子、初江が応接間で話している処へ、今まで主人の所へ来ていた木沢氏がやつて来て、初江に散薬を渡した筈だつたんだね。そして五時半頃にのめと云つて去つた。この事実は特に注意すべ
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