はあ」
 さだ子は答えながらちらと私達の方を見て語りかねているらしい。
 このさだ子の有様は完全にひろ子を怒らしてしまつた。
「さださん。あんた林田先生とお部屋でお話にならないこと? 私、小川さんとここでお話していますから」

      4

 ひろ子はズバリとこう云つてツンと横を向いてしまつたが、さだ子もこの時は少しも驚かなかつた。
「では先生、私の部屋においでになりません? いろいろ申したいこともございますから」
 ひろ子とさだ子の憎み合いは、林田と私の前に全く露骨にさらけ出されて来た。
「そうですか。じやそうしましよう。ひろ子さんも小川さんとお話があるのではね」
 さすがに林田は巧みに二人のどつちにも花をもたせた調子で立ち上つた。
「どうぞごゆつくり」
 ひろ子は、林田にも冷やかに云いながら私の方をちらとながめた。
 さだ子はこれも珍しくツンとした様子で林田と共にドアから出て行つたが、やがて階段を上つて行く足音がきこえた。彼女は自分の部屋に林田を引きとめて恋人の取り調べられた有様を充分語るつもりなのだろう。
 私ははじめて応接間にひろ子とたつた二人、差し向いになつてやつとほつとした。十七日の午後、この令嬢と初対面をして、今日ようやくゆつくり二人で語れるのだ。私は内心の喜びをかくすことが出来なかつたのである。
 さだ子が林田を信頼すればする程、ひろ子は藤枝を信じている。その藤枝の代りに来ている私である。ひろ子がひどく打ちとけて語り始めてくれたのは、実は藤枝に対する好意かも知れないけれど、私にとつて決してめいわくなわけではなかつた。
 いやな事件を全く離れてわれわれは絵画のことや文学のことや音楽の話をはじめた。藤枝は、二十日の夜、レコードを見て『我が音楽趣味に感謝す!』と独り言を云つたが、今や私もその言葉を心の中で唱えないわけにはいかない。この芸術趣味のおかげで私は約二十分間ほど、ひろ子とたつた二人で語り合つたのであつた。
「ねえ、小川さん、庭に出てごらんになりませんか。ゆつくり私の花壇をまだ見ていただかないんですもの」
「結構ですね。拝見したいですね」
 ひろ子が案内をしてくれたので、私は彼女の後から庭に下りたつた。ひろ子がわざわざ玄関から私の靴を例のピヤノの部屋の隣のガラス戸口までもつて行つてくれようとするので、私は恐縮してあわてて自分で靴をはこんだ。ひろ子
前へ 次へ
全283ページ中160ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング