ないのですが、興奮の結果、あるいは自殺などという事が全くないとは云えません。私は昨夜おそくよばれて、余り眠れないからというので、抱水クロラールを作つたのです。大体、此のクロラール、ヒドラートという薬は余り感心出来ぬ睡眠薬なのですが、何分、今までヴェロナールだのヌマールだの大抵な薬を連続してのんでおられるので、中々他のものではきかぬのでね」
 木沢氏は、弁解がましく語つた。
「成程、御主人の容態はそんななんですか」
 藤枝は頻りにM・C・Cの煙をたてて暫く何か考えていたが、ふとまた口をひらいた。
「これはあるいは、御専門――多分内科でいらつしやると思いますが、それ以外にわたるかも知れませんけれど先生はこの秋川の家族のようすが少々変つているとお考えにはなりませんか」
「というと?」
「つまり何ですな。精神的方面でです」
「左様、おつしやる通り、私は精神病の方面は余りよく知らんですが、この御家族がやや、アブノルムな状態にあるという事は考えられますね。しかし……」
「しかし、それはこんな惨劇がつづいて起れば誰だつてそこの家族にノルマルな状態を期待する方が無理でしよう。それにしても令嬢方の様子は著しいコントラストを形作つているようですが……」
「そうです。女の方々で斯様なショックをうけておられるのですから、多少どうもヒステリーの気味はあります。ひろ子さんは、わりにしつかりしておられますけれども、やはり大変興奮しているようです。さだ子さんはその反対に大変陰鬱になつていますがやはり余程神経を悩ましていられるようです。令嬢の中では初江さんがまず今一番健康のようです。私はかなり前からこちらの方々を診ていますが、元来初江さんが一番身体もがつしりしていて丈夫そうです。しかし先生も云われた通り、こんな事件があればどんな家の者だつて通常の状態ではいられませんよ。ひろ子さんにせよ、さだ子さんにせよ、むしろちやんとしておられる方でしよう。――時に藤枝先生の方の犯人のお見込みは如何なのです」
「さあ、まあ、今の所全く判らないと申し上げるより外ありません。もつとも昨夜、一人怪しい男が捕まつた事はつかまりましたがね」
「昨夜の事件はともかく、十七日の夜のは多少私も関係しているので気になりますよ。何しろ私の処方した薬が昇汞になつていたんですからな」
 これから、木沢氏と藤枝はまだいろいろと語つて二十分程
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