眺めていたが、この時テーブルの上にもみくちやにおいてあつた紙片を手にとつて、おもむろにそれをひろげた。
それはさつき早川の供述中にあつた佐田やす子の紙つぶて[#「つぶて」に傍点]であろう。下手な鉛筆の走り書きで、今スグ行キマス ムコウノポストノソバデマツテイテ下サイ と記されてある。
早川辰吉のむせび泣きがやつとおさまりかけた頃藤枝は静かに早川に向つて語りはじめた。
「君にもう一つ参考の為にきいておきたい事があるんだがね。さつき君の話の中に佐田やす子がたつた一人大変親切な方があつて自分に同情してかばつてくれている[#「たつた一人大変親切な方があつて自分に同情してかばつてくれている」に傍点]、という言葉があつたな」
「はあ」
「君はその親切な人の名[#「親切な人の名」に傍点]をやす子から聞かなかつたかね」
早川はじつと藤枝をながめた。
警戒するような目つきでしばらく見ていたがやがて、
「いいえききませんでした」
とはつきり答えた。
彼からは、藤枝もやはり自分を死刑台に上らせようとする人間の一人だと見えているらしい。
「では、やす子が君に語つた時のようすで、その親切な方というのが男だか女だか判らなかつたかい」
早川はまた暫く藤枝の方を見つめていたが、やがて悲痛な調子で叫んだ。
「ああ、あなた方は、またそんなことの何も知らぬことばかりきいていじめるのですか……」
彼はこう云つたまま下を向いて再びむせび泣きはじめた。
警部も藤枝も、少しも顔色をかえず、黙つて彼の様子を見ていたが、ちようどその時ドアをノックして一人の巡査が現れた。
「伊達正男はさつきから刑事部屋に待たしてあります。それから林田氏が今見えましたが……」
「うんそうか。林田氏を通してくれ給え」
あらしの前
1
間もなく、林田が戸口に現れた。
「やあ、高橋さん先刻はわざわざお電話ありがとう。早速うかがうわけだつたんですが秋川駿三を今ちよつと訪問して来たのでね……藤枝君、秋川駿三は可哀想にひどく弱つてるぜ。昨夜から床についた切りだよ。木沢医師が今朝からずつと来ているけれど、面会謝絶の状態さ」
「そんなに重態なのかい」
「何、そうでもないんだが本人が一切誰にも会わん、と頑張つているらしいんだ。何分われわれがいる所であの騒ぎだろう、どうも僕らは信用をすつかり失つちまつたらしいん
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