したが、彼女は何かひどくいそいでおりますので、私は考えをかえ、ひそかに尾行してまいりました。すると五、六町も行つた所の西郷薬局という店にはいりました。私は一分を一時間位の気もちで持つておりますとやつと出てまいりましたので、曲り角でいきなり彼女に出会したのです。
 この時のやす子の驚きは申し上げるまでもありません。私は今まで思つていたことが一時に胸に迫つて来て何から云つてよいやらほんとにわけが判らなくなつてしまいました。しかし何分往来中のことでもありますので、二、三町廻つた所の小さな公園の中にはいり、ベンチに腰をかけて六、七分ばかり話し込みました。無論彼女は逃げよう逃げようとしていたのでありますが、私がおどかしてつれて行つたのです。
 ところが、やす子は、帯の間から薬の包を出して、何分今急病人があつてこれを取りに行つたのだから、今は長い話はできぬと申して逃げようと致しました」
「ちよつと君。やす子はその薬袋を手にもつてはいなかつたかね」
 藤枝が言葉をはさんだ。
「いえ、帯の間から出して私に見せたのです。私も、ともかくここで長い話はできぬ。では今はこれで別れるが今夜ひまがあつたら会おうじやないか、と申し出しました。それまで彼女は、決して情夫なんかあつて逃げて来たのではない。これには深いわけがあることだとしきりと弁解しておりました。今度、僕が邸の塀の外で草笛をふいたらそれを合図に必ず出て来い、出て来ないとどんな目にあわすか判らないぞ、とこう申して仕方なく十七日の午後は別れました。その夜、塀外でしきりと合図を致しましたが、一向やす子は出てまいりませぬ。癪にさわつたので電話をかけて見ますと、いきなり外の女の声がしたので何も云わずに切つてしまいました。
 そのあくる日、朝から見張つていると、何事が起つたか、朝から警察の方々がしきりと秋川家に出入していられるようです。こりやどうしたのかなとふしぎに思いながらその日の夕刊を見るとあの始末です。これじやとても今日はやす子が出ては来まいと、十八日中はあきらめて、帰つてしまいました。
 十九日の朝早く、電話をかけますと、ちようど偶然やす子が出て来ました。今夜はあわねば殺してしまうぞと勿論これはおどかしで申したのですが、今夜は明日の葬式の為にとても出られぬと申します。じやあしたの夜、すなわち、昨夜です。二十日の夜合図をしたらきつと出て来い
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