出すということには多少の不安を感じないではありませんでしたけれども、今申したように金が無くなつたので、これはどうもやむを得ないことだつたのです。
やす子の様子が怪しく思われはじめたのは九月|半頃《なかばごろ》からでしたが、でもこれは私の邪推だと思つて我慢をしておりました。丁度その頃私も何か働かなくてはならないので、やつと小さな印刷屋に、毎日出て働く口を見つけ[#「見つけ」は底本では「目つけ」]ました。
こうやつてまず九月は無事にくらしたわけです。
十月にはいつて丁度五日の日でした。私は終日働いてやつと夕方六時頃、うち――といつても無論間借りなのですが――に帰つて見ると、やす子がいないのです。気がついて見ますと、やす子の持物が全くありません。畜生! 情夫を作つてとうとう逃げやがつたな! と私は思いました[#「ました」は底本では「ました。」]」
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「それから私はおはずかしい話ですが、全くやす子を探すので夢中でした。私は毎日餓鬼のようになつて名古屋中をうろうろたずね廻りました。やす子の出ていた店は勿論、バーとカフエーを片つ端からたずねあるきまわりましたが全く彼女の行衞《ゆくえ》が判りませぬ。
十一月なかば頃まで探しましたが何処へ行つたのかさつぱり見当がつきません。それで十一月になつてから、再び大阪に戻つたのです。彼女の逃げた相手の男の手懸りさえあれば、勿論何とかなるのですが、てんでその相手さえ判らないのです。
大阪に戻つて恥を忍んで一時叔父を訪ねましたが、叔父は全く相手にしてくれません。それで私は、又労働をしたり色々なことをしながら大阪中を探しまわりました。
昨年中大阪におりましたが、元のつとめ先のシュワルツエ・カッツエという家の、他の女給の話から彼女が東京に行つているようなことをちらとききましたので、旅費を工面すると早速上京いたしました。それが今年の一月のことであります。
東京は広い上に、何分私ははじめての所なのでどこをどう探していいかさつぱり判りませぬ。銀座のバーを片つ端からたずねようと思つても、金がなくては表からはいるわけにも行かず、その間私は新聞を売つたり何かして云うに云われぬ苦心をいたしました、女一人の為に馬鹿な話ですが、私は全く夢中だつたのです。
でも、一心というものはおそろしいもので先月はじめに、渋谷の方で、彼女の姿らしいもの
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