讃えているジュリエット姫のあの自動車の行動を、ノンセンスだと片付けた失言をも取り消さして貰おう」
「何だ。ひろ子嬢の事かい」
藤枝は何か非常に重大な事を考えている時に、わざとその気もちを表わさぬように、かえつて軽快にいやにはしやいで語るのがくせである。私はこの部屋にはいつて来た時からの彼の言葉の調子で、彼が余程難問題にぶつつかつているなという事を感じた。
「ねえ君、当局は犯人の目星がついた、と云つているようだぜ。君の讃えるナポレオンとカイゼルとベートホーヴェンを一緒にしたような犯罪王も案外尻尾を早く出したようだよ」
私も負けずに彼の調子に乗じてやつた。
「もつと正確に云えば、当局の言明は昨夜秋川邸南側の高塀を乗り越えた怪漢が捕まりそうだという意味だよ。物事は出来るだけ正確に云つてもらいたいな」
「では真の犯人は?」
「だから彼はナポレオン、シーザー、ミケランジェロ、ベートホーヴェン、ショパン……ショパン、そうだ、そう云えば今しがた林田から電話がかかつてね、もしや昨夜僕がショパンのレコードを耳にしたか、もし耳にしていたらどの辺まできこえたかとてきいて来たぜ。あのレコードに気がついたのはさすがに彼だよ。ただ気の毒な事に丁度あの時彼は二階にいて、あの音楽を自分では聞かなかつたんだね。それで、恥を忍んで僕にきいたわけだろう。僕はきいたけれどもどこまでだつたかよくおぼえていないと答えてやつた。たとえ同盟はしても秘中の秘だけはちよつと云いにくいやね。それに先生だつて僕に大分かくしている所があるらしいからな」
「へえ、あれへ気がつくとはやつぱり林田先生だけある」
「いやもつと素早い事があるんだ。昨夜あのレコードを僕がいじつたろうと来た。どうして判つたつて聞いたら、彼もあのレコードに目をつけたと見えてあのレコードを秋川家の者に云つて当局に調べて貰つたそうだ。ところでレコードからは、犯人の指紋のかわりに、駿太郎の指紋とあと二人の指紋がとれたという事だ。詳しくきいて見るとそれがどうも林田と、斯くいう小生のものだつたらしいんだね。お笑い草だよ。あんなトリックをする犯人が、御丁寧に指紋なんか残してゆくわけがないじやないか。あはははは」
私も一緒になつて笑つている所へ、先に命じてあつたと見えて、給仕が紅茶とトーストを二人分だけもつて来た。
「僕あ、めしはすんだよ」
「そうかい、じや僕だ
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