いて近寄つて見るとまさしく彼が云つた通り佐田やす子がそこに仰向きに仆れている。
藤枝は死体に手をあてていたが
「いかん、これももう駄目だ。完全に死んでいるよ」
と私をかえりみた。
佐田やす子の死体は一見かなり乱れたていをしていた。抵抗したらしいあとも見える。
着物は、今しがたわれわれが見た通りの物だが襟がはだけて乳房の辺まで出ており、両肩近くまでひろげられている。右手を地上に伸ばし、左手を胸の上においているが、断末魔に何か掴もうとしたらしく、両方とも堅く拳を握つている。頭髪は相当乱れてはいるが、引きまわされたようにはなつていなかつた。
「こりや君、咽喉をしめられたんだよ。ここを見給え。ほら、色が変つているだろう」
電燈の光で仔細に死体を見つめていた藤枝が私にそう云つた。成程、咽喉のまわりがひどく変色している。何かでぎゆつと引き締められたに相違ない。
この時、
「おい、何か起つたのかい」
という林田の重々しい声が聞えた。
見ると、懐中電燈を照らしながら林田がむこうから近づいて来る。
「女中だよ、さつきの女中がやられたんだよ」
藤枝がやや興奮して答えた。
「佐田やす子? 畜生、とんでもないことになつたぞ」
不意に興奮した林田の声が近よると、彼はいきなり死体の所に寄つて藤枝のした通りに手をあてた。
「畜生! 大切な証人を!」
「まつたくだ。まつたくだ。これでわれわれはまた大きな困難に出会《でくわ》してしまつたんだ」
藤枝はいかにも残念そうに唇を噛んだ。
「僕はひよつとするとこんなことになりやしないかと心配してたんだが……まさかこう早く来ようとは思わなかつたよ」
藤枝は独り云うようにこう云いながら、はじめてシガレットケースを取り出し、一本ぬき出して口にくわえると直ぐ火を点じた。
「高橋さん、また一つ死体がありますよ。ここです。こつちこつち!」
不意に林田が木戸の方を見ながら、しきりに懐中電燈を振つて相図をするので、ふりかえると、警部が電話をかけ終つたと見え、手に一つ懐中電燈を携えて、木戸から駿太郎の死体の方に歩いて行くところだつた。
私はこれから約一時間にわたつて秋川家におこつた検視、捜索、訊問等全部をここに詳述することはできない。それは読者にとつてはいたずらに煩わしいばかりである、と思われるからだ。だから私はごく簡単に事件の進行を敍述して行く。
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