が痛みに堪え難《かね》て泣き出した時、私ももとより泣きたかったのでございます。けれども一時の痛みが何でございましょう、私が手を放せばあの子は未来永劫私の許には参らないのでございます。御奉行様は御自分でお命じになった言葉が一人の母親にどれだけの決心をさせたか御承知がないのでございます。偽ったのは私ではございませぬ。御奉行様でございます。天下の御法でございます」
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 大体右の様なものでございましたろう。私も始めて御奉行様のお顔色の並ならぬ理由を存じたように思いました。
 けれども御奉行様がずっと陰気におなり遊ばすようになりましたのは、未だ此の事のあった頃ではございませんでした。その年の冬からでございます。あなた様方もご承知の通り村井勘作という極悪人がお処刑になった事がございます。あの村井という罪人は随分色々な悪事を働いた者でございますが御奉行様御自身でお調べ中、飛んでもない罪を白状致したのでございました。
 あれは何年《いつ》頃でございましたでしょうか、四谷辺で或る後家が殺された事がございます。お上で色々とお調べの末、色恋の果の出来事と申す事になり、後家が生前|懇《
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