ぎるお疲れかと、存じて居りましたのですが、其の夜はおそくまでお寝みになりませんでお一人で何かお考えになっておいで遊ばしたのでございます。
その翌日も同じようにお出ましにはなりましたけれどもお帰りの時には矢張りご気分がおすぐれになりませぬ。
其の夜私は、或る人から妙なお話を承りましたのでございました。
何でも二、三日前に深川辺の或る川へ女が身投《みなげ》を致してその水死体がどこかの橋の下に流れついたのだそうでございます。
お役向《やくむき》の方々がお調べになりますと、懐にぬれぬようにしっかと包んだ物がある、出して見ますと之がつまり其の女の遺書なのでございます。遺書には次のような気持が書かれてあったそうでございます。
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「私は橋本さきと申す、誰もかまいつけてくれない哀れな女でございます。昨年の春、自分の腹を痛めた、愛《いと》しい愛しい子を取り返したい為にお奉行様の前に出ました女でございます。あの時、我が子を無理に引っ張って勝ッたため、偽り者め、かたり奴と御奉行様に罵られて、お返し申す言葉もなく帰りました女でございます。私が何故あの時まで自分の子を手許におかなか
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