でないという事を確信したい、斯ういうのが御奉行様の御心持であったに相違ございませぬ。
何故と申すに、紀州に遣《つか》わされました方々が、天一坊が偽者であるという証拠を得られずに却って真《ほん》ものであるという証拠を伝えて参りました時の御奉行様の御失望、御苦悩を私ははっきりと思い出す事が出来るからでございます。今までのお裁きの場合には、黒白何れか一方の証拠をお掴みになりますと御奉行様は世にも幸福な御様子をなさるのでございました。ところが今度に限ってそうでないのでございます。之は如何《どう》いうわけなのでございましょう。
信じまい、信じまい、という時は過ぎ去りました。最早信じまいという事実を信じなければならぬ時が参ったのでございます。
私が初めに、真に御奉行様が御役目の大切な所をお掴みになろうとお苦しみ遊ばしたと申し上げました時は、実に此の時なのでございました。
では何故ああ迄、天一坊を偽者とお信じになりたかったのでございましょうか。
之は色々に考えられますのでございますが、私が今思いますのは全く「天下の御為」という事からではなかったのではございませんでしょうか。
つまり、御奉
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