申しました橋本さきという女と煙草屋彦兵衛という男の名が出ましたと見え御奉行様はお一人におなり遊ばしてから、頻《しき》りと其の名を繰り返しておいでになりましたが、急に晴やかなお顔色におなり遊ばして、お側の者をお召しになり不意に「世間は余を名奉行だと申して居るか」とおたずねになったのでございます。お側の者がその旨申し上げますと、晴やかなお顔色で更に「悪人だから処刑になるのか、処刑になるから悪人なのだか、判るか」と笑いながら仰せられたのでございました。
そして其の日から再び御奉行様はもとのように大層明るく、御機嫌もよくおなり遊ばしたのでございます。ただ、何と申しましても以前のようなあの明るさ華やかさは最早見られませんでしたけれども。そうして矢張り折々は何となく暗い顔をなさるのでございました。
何故斯う又お変り遊ばしたのでございましょうか。
私今となッて考えまするに御奉行様は御自身のお裁きに疑をお懐きになるようになり、自信をお失い遊ばしましてから、きッと、長い間、苦しみと悩みの中をお迷いになったに相違ございませぬ。あれ程迄にお信じになり御頼りになッておいでになッた御自身でございます、これ
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