これで僕のいうことは終った。さあきかしてくれ、さっき僕のきいたことだ。僕は妻を殺した。しかし妻は不貞ではなかったのだろうか。」
もし部屋が明るかったら、山本の顔色は瀕死《ひんし》の大川にもまして、死人の色を呈していることが認められたろう。ごくりと唾《つば》をのんで山本が云った。
「君はどっちの答えをのぞんでいるのだ。君の妻が貞淑だったと答えたら、君は安心するのか。」
「噫《ああ》、たまらない。貞淑な妻を疑って惨殺したとは!」
「では不貞だったと答えれば、君は満足できるのか? 久子が君の子でないと判れば!」
「噫、不貞だったとしたら! それもたまらないんだ。ああどうしたらいいのだろう僕は! しかししかしやはりききたい! きいてから死ぬ! 僕は子を作れるのだろうか。久子は僕のほんとの子だろうか? それに君は蓉子によく会ってあの女の気持をよく知っているはずだ。医者として、親友として答えてくれ! 答えてくれ。……僕は君の頭を信ずる! 君の云うことを信じる。君は何もかも知っているはずだ。僕の言葉の僅かの不自然さから、僕の嘘をあてた君だ……しかし、それにしても僕の殺人の動機までは知らぬはずの君が……?」
突然烈しい咳《せき》が大川を襲った。啖《たん》がのどで鳴った。明かに大川は断末魔に迫っている。
死人のような山本はしかしおっかぶせるように大川の手をとって耳に口をよせながら叫んだ。
「今こそほんとうを云おう! 大川! 君には子はできないわけなのだ。だから久子は君の子であるわけはない。君の感じは正しかったんだ。君の直観は正しかったんだよ! 大川、もう一つ云う、云わなければならない。君の夫としての直観は正しかったのだ。しかし全部が正しくはなかったのだよ。……僕は君が蓉子を殺したことを知ったのではない。また推察したのでもない。君は夫として芸術家としての直観と云ったね。しかし僕のは……僕のは、恋人として、愛人としての……」
ここまで夢中になって語ってきた山本はこの時はじめて大川の異状に気がついた。医師としての観念が彼を支配した。彼はいきなり電気のスイッチをひねった。照らし出されたベッドの上に、彼はもはや永久の眠りに入っている大川竜太郎を見出したのであった。
山本ははじめて友人の死体と対話していたことに気がついた。山本の最後に云った言葉がどこまで大川に聞えたか疑問である。しか
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