けじゃないが、あいつは人間より何より芸術を愛する女なんだ。頭もいいし口もうまいんだ。訊《ただ》したところで白状なんかするやつじゃない。だから僕は一回だとてそんなはずかしい質問をしたことはないよ。」
「それじゃ奥さんがけしからんことをしたかどうか第一疑わしいじゃないか。」
「君は法律家のようなことを云う。それが怪しいと考え感じたくらいたしかなことはないじゃないか。しかも相手は米倉以外に誰が蓉子に愛される資格があるか。君、僕のいうことは無茶のようかもしれない。しかし、夫としての直観を信じたまえ、そうして僕が芸術家としての直観を。直観といっていけなければ本能を!」
「…………」
「明かに云えば僕は妻の挙動が怪しいことを感じた。しばしばいいかげんなことを云って家をあけることを知った。これで十分じゃないか。ある口実を構えて蓉子が出かける。調べてみると(卑劣なことだが僕は調べたよ)まったく嘘だ。これだけの事実は、検事には不十分かもしれない。しかしわれわれには妻の不貞を信ぜしめるに十分じゃないか。その上、平生の蓉子の口に現わせぬ態度等を考えれば文句はないんだ。しかも相手は蓉子が僕の前でさえときどき賞讃する米倉以外の誰であり得るんだ?」
「僕は夫になったこともなし、芸術家でもない故かもしれぬが君に急には賛成しにくいね。」
「けれど僕だとて、空想や邪推ばかりしていたわけではないんだ。ことに蓉子の身体に異状が来てからはかなり冷静に考えたのだ。
君はおぼえているだろう。蓉子が妊娠したことを。君に診断して貰いに来る前に、僕が君を訪ねたことを。あの時、僕は君に、一体僕は子供を作り得るかどうかをきいたはずだ。かつてある種の病気を君に治療してもらった経験から、君にはその判断がつくと思ったのだ。妻が妊娠した時、それが果して自分の子かどうかを疑わねばならぬ夫ほど、不幸なものが世にあろうか。しかも僕はそれを疑ったのだ。だから君にはっきり聞いたのだ。ところが君は、
『できぬことはないだろう。』
というような生《なま》ぬるい返事をした。恥かしい自分の立場をかくすためには、強《し》いてそれ以上きくことができなかったのだ。しかし僕はあの時の君の返事を否定と解釈している。だから妊娠した時、僕の疑いはまったく確実だったもののように思われたのだ。
ああ、しかし、さっきも君に言われた通り、証拠のないのをどうしよ
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