の前に立つてゐたが
権はそれつきり遂ひぞ酒場に来なかつた
[#1字下げ]忠義の犬[#「忠義の犬」は大見出し]
日比谷公園の
広ツ場に
編みあげの赤い靴を穿き
祖母《おばあ》さんに連れられて
美晴子《みはるこ》さんが遊んでる
浅い弱い春の日は
鏡のやうに晴れてゐた
中学生が五六人
テニスネツトを引つ張つて
組に分れて遊んでる
軽くボールはぽんぽんと
向ふにこつちに飛んでゐた
祖母さんは、遠くの方へ退《ひ》つ去つて
腰をかがめて見せてゐる
テニスコートの
向ふから
足の太い、毛の長い
強さうな
犬がさつさと歩《や》つて来た
美晴子さんは、活動の『忠義の犬』を思ひ出し
丸い目をして見て居つた
あの犬も忠義の犬になるか知ら
同じやうに耳も垂れてゐるし
口も大きいし――
美晴子さんは
目をはなさずに眺めてゐる
中学生のラケツトが何《ど》んな途端《はづみ》かぐんと来て
犬の後《うしろ》に落つこちた
犬は走つてラケツトを
口に銜《くは》へて立つてゐる
美晴子さんは
小さな声で祖母さんに
『忠義の犬』の話をした
[#1字下げ]小さな出来事[#「小さな出来事」は大見出し]
足の短い狛犬《こまいぬ》はポチに噛ませてやりませう
糸のたるんだ風船と空気のぬけた護謨毬《ごむまり》はタマに噛ませてやりませう
弾機《ばね》の廻らぬ自働車[#「自働車」に「(ママ)」の注記]は銑葉《ぶりき》の台へ載せたまま馬車に轣かせてやりませう
翼《はね》のゆがんだ木兎《みみづく》は牛に踏ませてやりませうか、馬に踏ませてやりませうか、うしろの沼へ捨てませうか
飛べなくなつた飛行機と共に窓から投げませう
硝子《がらす》の中の人形も明日《あす》はお暇《いとま》やりませう
何《ど》つかの島へ着くやうに
島の人形になるやうに
桐の小函に帆をかけて――大川の水に流してやりませう
[#1字下げ]蝙蝠[#「蝙蝠」は大見出し]
蝙蝠《かうもり》よ、蝙蝠よ
井戸端に蚊柱が立つてゐる
早く来て喰はないか
蝙蝠の家は何処だ
山か里か
何故|咄《はな》さぬ
蚊柱が立たば
迎ひに行くぞ
すぐに来て喰へよ
呼んでも、呼んでも
蝙蝠は居ない
臍をまげて隠れてゐる
臍をまげた蝙蝠に
蚊柱は喰はせるな
早くバケツで水かけろ
螢の親父が飛んでゐる
蚊柱が立つても
蝙蝠に咄すな
呼んでも呼んでも来ない
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