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鶏《かしは》が走つた
こりやまた事かと魂消《たまげ》払つて居りやあした
蜻蛉《あけづ》が一匹
追つかけ廻つた、啄《つつ》くわ啄くわ
ぶつ飛びあがつた、飛んだわ飛んだわ
蜻蛉は御運《ごうん》でござりあした
地主様の一人娘が
娘に二種《ふたいろ》何処《どこ》にごわせう
どどの詰りが
エヘン
孕み女になりやあした
畑ン中の豆ン花|何《ど》なもんだ
朝つぱらから何事ぶたずに
べろりと咲いてござりやあす
[#1字下げ]山火事[#「山火事」は大見出し]
野兎の子と雉《きぢ》の子と住んでる山が山火事だ
早く逃げぬか
焼け死ぬぞ
先刻《さつき》鳴き鳴き雉の子は
飛んで逃げた
野兎の子はどうした
山の上に走り腐つて逃げたのが
野兎の子でなかつたか
あれは宿なしの山|鼬《いたち》だ
鼬だと鼻ン先が黒い筈だ
黒いとも、黒いとも
真黒だ
駈けてつて見ろ
山一面に火の海だ
逃げ道がなくなる
野兎の子はどうした
山に居るのか居ないのか
息を切つて逃げて来た
何方《どつち》の方へ逃げてつた
雉の子が飛んでつた山の方へ
夢中になつて走つたぞ
[#1字下げ]己の家[#「己の家」は大見出し]
[#2字下げ]一 その頃[#「一 その頃」は中見出し]
己《おれ》が東京から帰つてゆくと
鶏|小舎《ごや》の側《そば》に
無花果《いちぢく》が紫色に熟してゐた
己の家の穀倉《こくぐら》には
米と麦が
向ひ合つて重ねてあつた
己は背戸の杉山に
懸巣が来て鳴くのが
うれしくて堪らなかつた
己が馬に乗つて野にゆくと
頬白は
藪の上に囀つてゐた
己は座敷の丸窓を開けて
紅い芙蓉の花を眺めながら
毎日、本を読んで遊んでゐた
丁爺《ていぢー》が餅を搗いて持つて来て呉れた
己が飛行機の話をすると
ほんたうとは思はずに帰つて行つた
己は巻莨《シガー》を吹かしながら
村の子供等を集めて
庭の植込の中を歩き廻つて遊んだ
己は日暮方になると
裏の田甫《たんぼ》の中に立つて
バーンスの詩の純朴に微笑《ほほゑ》んでゐた
己は百年も二百年も
斯《かう》して生きてゐたいと思つた
[#2字下げ]二 篠藪[#「二 篠藪」は中見出し]
蝸牛《ででむし》よ
黙り腐つた蝸牛よ、渦を巻いてゐる蝸牛よ
何が恋しい
篠藪に
さら、さら、さらと雨が降る
夢現《ゆめうつつ》に
己は暮らした
蝸牛よ
己に悲しい
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