だれ》で水は増してゐるし、橋も舟もないし、困り切つてゐると、車の庄の家来は、後から後から追ひかけて来たのぢや。長者は、せめて黄金の甕だけでも敵に渡すまいと、急いで河原の土を掘つて埋めて了つたのぢや。そのまま長者も下僕も討死にして了つたから、黄金の甕を埋めたことも、埋めた場所も、誰一人知らずに幾百年も幾百年も過ぎて了つたのぢや。
それからだんだん歳がたつて、沼は田甫《たんぼ》になるし、家の数は増えて来るし、まるつ切りこの村が変つて了つた、今からおよそ百年も前ぢやが、あの川縁へ、跛《びつこ》の一ツ目小僧が出たのぢや。
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今にも、ざんぶりこ
長鍬様の
長者が 恋し
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と、うたひながら一ツ目小僧は、人さへ通れば、片足を川へ踏みはづしさうに、ぴツこりぴツこりと歩いたもんぢや。
それが村中の評判になつて、川縁を通るものが一人もなくなつて了つたのぢや。その頃この寺の檀家に藤右衛門と云ふのがあつて『俺が一つ見とどけてやらう』と出かけていつたのぢや。矢ツ張り一ツ目小僧は『今にも、ざんぶりこ……』とうたひながら、ぴツこりぴツこり歩いてゐたぢや。藤右衛門は『何処《どこ》へ行くか見とどけてやらう』と後からついて行つたのぢや。一ツ目小僧は、
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藤右衛門どんよ ここだ ここだ
ざんぶりこ ざんぶりこ
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と、ぎよろツと藤右衛門の方を睨めて消えて了つたぢや。藤右衛門は不思議に思つて其処へ行つて見ると、黄金《こがね》の甕が今にも川へ落ちさうになつてあつたのぢや。
和尚さんは、話し終つて『黄金の甕が、永い歳月《としつき》のうちに川へ落ちさうになつたので、一ツ目小僧に化けて人に知らせたのぢや。いいか、判つたか』
と念を押して云はれたのです。
底本:「定本 野口雨情 第六巻」未來社
1986(昭和61)年9月25日第1版第1刷発行
初出:「小学男生」
1921(大正10)年8月号
入力:林 幸雄
校正:今井忠夫
2003年11月24日作成
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