つた名を擧げて居ることを何人でも見出すであらうが、時として同じ事柄に就きて異つた内容を有つた例では、漢儒が屡々殷周二代の禮としてこれを分けて説明することがある。これは解釋の困難を省く一種の方便に過ぎないことは朱子なども看破せる所である。九州の説なども當時俄かに發達したる地理の思想と、何事も數にかけて説明する時代思潮とが合して、その間に各種の九州説を出したのであるが、恐らくはその何れも時代とは最初關係がなかつたものであらう。唯その異つたものを巧く説明する便宜から或ものを禹の時代とし、或ものを殷の時代とし、或ものを周の時代としたにすぎないので、初は勿論禹の九州が定められたのであらうが、取り殘された他の種類の九州は後になつて殷周二代に決められたものと思はれる。十二州説の如きはそれよりも更に發達した數の思想であつて、恐らくは九州説よりも遲れて出たので、從つて堯舜に關する州の傳説は禹に關する九州説よりも後に作られたといふことは明らかである。
 その次に四至説に就きて試みに考へて見ると、禹貢には「東漸于海、西被于流沙、朔南曁、聲教訖于四海」とあるが、この四至説も隨分種類が多い。單に禹に關した事でも、呂氏春秋求人篇には別に一説を出して「禹東至搏木之地……南至交趾孫僕續滿之國……西至三危之國……北至人正之國」とあり、淮南子の主術訓には「南至交趾、北至幽都、東至暘谷、西至三危」とありてこれを神農の時代にかけて居る。史記の五帝本紀には黄帝の時代として「東至于海……西至于空桐……南至于江……北合符釜山」と云うて居り、史記及び大戴禮には※[#「端」の「立」を取り、つくりに「頁」、読みは「せん」、第3水準1−93−93、167−16]※[#「王へん+頁」、読みは「ぎょく」、第3水準1−93−87、167−16]の時代として「北至于幽陵、南至于交趾、西至于流沙、東至于蟠木」といふ。管子、小匡篇には齊桓公のことを記して「北至於孤竹山戎穢貉拘秦夏、西至流沙西虞、南至呉越巴※[#「牛へん+羊」、167−18]※[#「牛へん+可」、読みは「か」167−18]※[#「瓜へん+長」、167−18]不※[#「まだれ+臾」、読みは「ゆ」、第3水準1−84−13、167−18]雕題黒齒荊夷之國」とある。東を缺いで居るのは齊が東海に濱した國であるからである。國語の齊語にも略之に類したことを載せてゐる。爾雅には何れの時代とも云はないが四極の説を載せて「東至於泰遠、西至於※[#「分+おおざと」、読みは「ひん」、168−2]國、南至於濮鉛、北至於祝栗」としてあり又「※[#「山へん+巨」、読みは「きょ」、第4水準2−8−33、168−2]齊州以南戴日爲丹穴、北戴斗極爲空桐、東至日所出爲太平、西至日所入爲太蒙」と記してある。これ等は四至に關する種々の異説で、大體に於いて東は海に至り西は流沙に至ることを知つて居る點は一致して居るものが多い。勿論この中には多少その説の出來た時代の早晩はあらうけれども、要するに大いなる差のない時代に於て行はれたる各種の四至説たることは疑ふの餘地がない。只それを或ものは禹とし、或ものは※[#「端」の「立」を取り、つくりに「頁」、読みは「せん」、第3水準1−93−93、168−6]※[#「王へん+頁」、読みは「ぎょく」、第3水準1−93−87、168−6]又は黄帝、神農などゝ一つ一つに決めて行つたに過ぎない。これ等は何れも當時の支那人が考へた世界の限りを云ひ表はしたる地理學家の言たるに過ぎない。此れを何れの時代の版圖が何處まで行つたといふことに執着して説明するのは學術上無意味なことである。
 山脈に就いては禹貢の外に山海經の如き詳細なるものがあるが、この二つは詳略の程度が餘りに異つて居るので比較し難い。只水脈に關しては隨分古くから研究家があるのであるが、殊に三江に關して禹貢を後世の地理に合せようといふ試みは幾度も行はれたことである。然るに後世北魏の※[#「麗+おおざと」、読みは「れき」、第3水準1−92−85、168−11]道元の水經注は東南の諸水に就いてその記載が確實でないと云はれて居る位であるが、假に禹貢を禹の時代とせずして、それより千年若くは千五百年も以後のものとしても、その水脈の記載が悉く後世の地理に合せんことを求むるは無理なる注文である。その上孟子の滕文公篇に記載した水脈、墨子の兼愛篇に記載した水脈などが必ずしも一々禹貢の水脈に符合すると云ひ難い所がある。墨子並びに孟子の編者は何れも尚書を見て居ることは明らかなことであるが、その記載が禹貢に典據したらしい形跡に乏しいのは尤も疑問とすべき所である。これ等も禹の治水に關する説が種々傳へられて居つて、墨子孟子の編者も各々そのある説を傳へ、而して禹貢も亦そのある説を傳へたと見る方が比較的眞に近いものではなから
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