四方獻令といふものも甚だこれに類したもので、各地特有の貢物を夥だしく擧げてある。それ等の中には時とすると漢代でなければ知り得べからざる材料さへも含まれて居るが、大體に於いて戰國から漢初までの間に地理學の一種として産物に關する傳説が漸次に發展してこれ等の各種の記事をなしたといふことは明らかである。
 土色に關することなども戰國から漢初までの間に完成した管子などの中には、これに類したことが含まれて居るので、やはり當時の地理記載の一部分と見ることが出來る。
 以上を通覧すれば、禹貢を編成した材料は古書の中で禹貢特有のものといふことが出來ないのみならず、必ずしも他の材料が禹貢よりも新しいといふことも出來ないので、禹貢が早く存在して居つたが爲に地理學に關する他の記載が皆これを模傚したと斷ずることは出來ない。その類似し共通した他の材料は多くは戰國時代のものであるので、禹貢の中に時として戰國時代よりも古い材料を多少含んで居るとしても、その組み立てた時代並びにその中に含んで居る多くの材料は戰國以前にこれを上せることが難いと考へる。禹貢を研究するには先づこれ等の事柄を充分に知つた上で、これを相當した時代に置いて、然る後に古代經濟事情研究の史料とすることも出來るのである。
(大正十一年二月發行「東亞經濟研究」第六卷第一號)[#地より1字上げ]



底本:「内藤湖南全集 第七巻」筑摩書房
   1970(昭和45)年2月25日発行
   1976(昭和51)年10月10日第2刷
底本の親本:「研幾小録」弘文堂
   1928(昭和3)年4月発行
初出:「東亜経済研究」
   1922(大正11)年2月発行、第六巻第一号
入力:はまなかひとし
校正:菅野朋子
2001年9月21日公開
2001年10月20日修正
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